第8話 俺と土鍋と精霊と



 二週間が経過した。

 俺は言語をマスターした。


 発声が上手く出来るようになってからは早かった。実の所その前からたどたどしい言葉は喋れていたが、発音があやしい部分があった為、とてもマスターしたとはいえない状態だったのだ。

 特に「さ」行が厳しかった。あと「ら」行。

 アレは今でも地味に難しいが……い、いや、大丈夫だとも。今なら自信をもって会話も出来るとも。任せたまえ。

 ――とはいえ、まだ両親とも会話はしていないんだがな。


 ……いや、というか、これ、どのタイミングで喋ればいいんだろう。


 困った。

 早く会話が出来るようにならなければと頑張ったものの、タイミングが分からない。

 年齢的にまだ喋るのは早いはずだ。なにしろ俺は生後三か月未満。普通ならまだ首も据わってない頃なのだ。


 ……あれ、俺、どれだけ生き急いでるんだろうか……いや、別にいいんだが。


 ちなみに、歯はまだ生えてない。仕方がないので歯のかわりになるものを魔力で構成して言葉を調整している。そういう意味では自然な状態とはとても言えない。

 そういえば、俺、前の時はいつぐらいから会話ができるようになったんだろうか。出来れば早く父様と会話して、俺の知らない魔法を教えて欲しいんだが……あまり急ぎ過ぎると気味悪がられるかもしれないし、本当にタイミングが難しい。

 ……ここは少し慎重になるべきだろうか。

 まぁ、後で育児書を読んで通常の成長速度を探っておくか。


 俺が父様から魔法を教わりたい理由は、父様が俺も知らない魔法を数多く揃えている好事家だったことと、もう一つ、一族に一子相伝で伝わる魔法を前世の俺が取得していないからだ。

 かつての父様は、今と違い家にいることがほとんど無かった。俺との接点もその分少なく、たまに会うことがあった時も、魔法の継承はまだ先の話と機会を設けなかったのだ。

 そして、魔王になった十歳よりも前に、父様は俺を生かす為に戦い――死んだ。

 もし俺が魔王になった時に父様が生きていれば――あるいは、成人した時に父様がいてくれれば――きっと、父様は様々な魔法を俺に伝授しただろう。

 けれどその機会は永遠に失われた。

 あの時点で、グランシャリオ家の血統魔法は絶えたのだ。


 今生の俺は、前世と違って力で全てに対抗しようとは思っていない。

 それでも貪欲に魔法を、知識を求めるのは、どんな時でも対応出来るようになっておきたいという切なる希望があるからだ。

 俺の知らない知識の中には、俺の知らない可能性が秘められている。知らなかったせいで対応出来なかった、なんてことになりたくないのだ。

 かつてと違い、今の父様ならお願いすれば様々な魔法を寝物語に教えてくれるかもしれない。そう思うといてもたってもいられなくなるが――

 ……うん。何故だろう。突っ走るのは危険な気がする。

 それに、そもそも俺は今自分が持っている魔法の知識すらきちんと使いきれていない。

 初級魔法はかなり覚え直したとはいえ、中級以上はまだ手つかず。つまり、膨大な量の魔法が知識として未発動で残っているのだ。今生でも新しい魔法を覚えるつもりでいるが、過去の遺産も大事にしないとな!


 ということで、改めて呪文の補助も交えながら『かつての魔法を再度手に入れよう!』計画を邁進することにした。

 精霊と契約することで彼等の力の一部を借りる精霊魔法は、この一ヶ月ほどの間にかなり行っている。人目を避けていたせいで時間がかかったが……初級はほぼすべて覚え直したと言っていいだろう。

 無論、予定通り沢山の下級精霊と契約したとも。今の俺は一大ハーレムだとも。


 いやはや、アレはある意味感慨深いものがあった。精霊魔法は、かつての俺が大戦の途中で全て封印したものだったのだ。

 封印の理由はとある精霊族に裏切られ、俺の幼馴染を――ルカを――殺されたせい。

 そんな俺がまた新たに精霊族と……――そう考えると、本当に色々と思うところがあるな。


 精霊族以外とも契約を交わした。

 妖精族と妖魔族だ。無論、下級のものばかりだが、妙に懐っこい個体ばかりで可愛らしかった。

 もしかすると、俺は下級のものとのほうがウマがあうのかもしれない。

 ――俺を裏切ってくれた連中は、揃いも揃って上級ばかりだったしな!


 まぁ、そんな風に頑張っていると、初級魔法のストックも切れてくるわけだが……

 ……む。ここまできたなら、中級もいっちゃう? もういっちゃう?

 契約と発動実績は相当溜まっているし、今までの契約で失敗したことってないし。

 連日大量にやらかしてるが、もともと俺の魔力は特別多いこともあって、丸半日ずっと契約更新し続けていても魔力切れになることもないし。

 ――よし。ちょっと冒険してみよう。

 中級に行く前に、合成魔法だ!

 魔法天才児計画もやっちゃうぞ!


 ――などと考えて飛ばし過ぎたのが悪かったのかもしれない。


 いや、無論、調子に乗ってたのが全ての原因じゃ、ないよ?

 今日はルカがクロエと一緒に実家にお出かけして傍に居ない。それで寂しかった――いや、人目を憚ることなく出来るから、というのも、あったのよ?

 あと、魔力切れがおきないからと夢中になりすぎていたとか。

 ……うん。さすがに百以上の魔法を連続行使したのはやりすぎだったと思う。

 なにしろ、今、俺の前に、髭を生やしたやたらと体格のいいおっさん精霊とじいさん精霊と美女精霊が佇んでいるのだから。


「……」

「……」

「……」

「……」


 三者と俺の沈黙が流れる。


 俺から見て、右手側にいるのは紅蓮の髪をした壮年の男だ。

 三者の中で二番目に筋肉質であり、盛り上がった二の腕の太さは俺の胴の二倍以上あるだろう。

 顔立ちは粗削りだが整っており、美丈夫とか偉丈夫とかいう言葉が似合いそうだ。魔族は細マッチョが多いから、これほど筋肉らしい筋肉は久しぶりに見た気がする。なんといううらやまけしからん。色とか属性とかも相まって、そこにいるだけで色々と暑苦しい。


 中央にいるのは、赤男よりもさらに筋肉質な初老の男だ。褐色の肌に、磨きあげた鋼のような色の髪をしている。

 その凄まじい筋肉は、皮膚がパッツンパッツンに張って今にもはち切れそうなほどだ。きっと叩いたらいい音がするに違いない。

 おお、年齢に反してなんというけしからん筋肉か。俺だって赤ん坊の頃から鍛えれば、今世こそムキムキのダイナム・バディになれるに違いないんだ。

 見ていろよ、ライバルよ! 今日からあんたは俺の筋肉ライバルだ!


 左側にいるのは、前者二名とは対極のほっそりとした美女だ。

 難しげな顔で立っている他二名と違って、控えめな微笑みで佇んでいる。胸と尻も控えめだが、これは種族的な特徴だろう。精霊族の中で、爆発ワガママバディをもっているのは地族か闇族。風や水の精霊は、すらりとした肢体をしているのがほとんどだ。髪が青なことといい、そちら系であることは明白である。


 俺はじっとこちらを見つめてくる三者を見つめ返す。

 正直に言おう。

 想定外だ。

 こいつら精霊王だ。


 なんでだ!? 俺はまだ初級精霊魔法しか使ってないぞ!?

 ごく普通の精霊でしか契約しないような魔法だぞ!?

 力借りて作る予定だったの土鍋だぞ!?

 あらゆる意味でお呼びじゃないぞあんたらは!!


「……想定外の事態であるな」


 右にいる炎の精霊王が渋い声でぼやく。

 俺の方が想定外だよ。

 そもそもなんで来たよ。来なくていいのよ?


「それよりも……この部屋の結界の見事なこと。呼ばれたから入れましたが、そうでなくば、私でさえ侵入できるか分かりませんわ」


 左にいる水の精霊女王が玲瓏とした声で言う。

 呼んでないよ。なんで土鍋作る魔法で精霊王がごきげんようするんだ。

 あんた初級魔法でコンニチワする相手じゃないだろう。


「左様……恐らく、儂等が来訪したことすら、他の者に気付かれておるまい。……いやはや、魔族に次の王が生まれたらしいというのは知覚しておったが、これ程とはの。現魔王が世に現れた時以上の衝撃じゃわい」


 中央にいる大地の精霊王が嘆息交じりにそう呟く。

 外見年齢が初老ということは、軽く千年は生きているだろう。

 現魔王が前魔王と代替わりした時の状況を思い出しているらしい表情に、俺は首を傾げた。


 この目の前にいる爺さん精霊は大地の精霊だ。

 その強大な力から精霊王なのは間違いない。特別なスキルを使わなくても、感覚でその位階がどれ程のものか分かる。上級精霊とか鼻で笑うレベルの強さなのだ。


 だが、だからこそ不可解だ。

 俺が知ってる大地の精霊王は、隣に居る炎の精霊王と同じぐらいのむさいオッサンだったのだ。それに、力も俺が知っている大地の精霊王より強い。

 代替わり前の王なのだろうか。――いや、その場合、魔族同様に強さで王を選ぶ精霊族の王なのに、代替わり前の方が強いという奇妙な状態になる。

 そういう、ある種の弱体化が発生するのは、王を凌ぐ新王が生まれる前に王が死亡した場合だが――


 違っていて欲しいな。俺としては、こっちの精霊王のほうが貫禄あって好きだし。

 それに、俺の知っているオッサン精霊王には、前世で色々と邪魔された恨みがある。もし現れていたのがそいつだったら、問答無用でグーパンしてたかもしれないレベルでだ。

 しかし、だとすればこの爺さんはいつまで王位にいた王なのだろうか……

 じっと見つめる俺の眼差しに、地属の王はにっこりと笑った。好々爺の顔だ。


「初めて御意を得ます、次代の魔王よ。我が名はテール。地族を纏めております」


 むむ。

 俺の知ってる大地の精霊王はヴァリだったから、やはり別精霊だ。

 しかも、名前に似た響きが無い。ということは、『近親者』では無いということだ。存在が近しい場合、名前は似通うからな。テールなら、ソルという風に。

 そんな風に思考を深めていると、テールが愉しげな顔で目を細めて言った。


「我が子等が次々と、なにやら凄まじい魔族と契約を交わしたと聞きましてな。何事かと思い赴かせていただいた次第でございます」


 ……おぅふ……

 やっぱり一気に魔法使ったのが駄目だったらしい。

 一月かけて増やしてた時には、こんなことにはならなかったしな。

 でも、仕方ないじゃないか。俺が一人きりになってこっそり魔法使える時って、あんまり無いんだから。

 もちろん、ルカと遊ぶ時間が嫌ってわけじゃないぞ?

 あれはあれで訓練になるし、なにより可愛いルカと一緒の時間は非情に有意義なのだから。


「……テール?」


 おっと。赤男が訝しげに眉を顰めたぞ?


「次代の魔王と――断定する理由も分からんが……おまえの態度は、さらに分からんぞ……?」


 やたらと腰の低いテールに、左右の精霊王は唖然とした顔をしている。

 それはそうだろう。精霊族の中でも頂点に立つ存在が彼等だ。民主主義的なお国柄とはいえ、自国の中では正真正銘の王である。

 そんな王の一柱(ひとり)が他族の――言ってしまえば他国の――王にこうまでへりくだるなど――そんなことは、ほぼあり得ないのだ。

 余程の力の差があり、一方的に負けたとか、位が違うとかいうのならともかく。


 ついでに言うと、今の俺は赤ん坊だ。まだ魔王ですらない。

 そんな相手にこんな態度をとるのは異常と言える。炎と水の精霊王が訝しむのも当然だろう。


「なに。知っていれば簡単なことじゃよ。――ふふふ。長生きはするものですのぅ。まさか、魔力の宰と相見えることになろうとは」

「まさか」


 水の精霊女王が目を剥く。

 炎の精霊王は俺を凝視しているが、凝視してるのはこちらも同じだ。

 というか、マリョクノツカサ、って何だ? 初めて聞く言葉だぞ。

 俺は魔族の王にはなる予定だが、魔力の云々にはなる予定もなった覚えもない。無論、前世でもな!


「いくら魔族、いくら空座とはいえ、それはあまりにも……」

「そうだ、荒唐無稽な話だぞ」


 俺がハテナマークを乱舞させている前で、精霊王二名がテールにくってかかっている。

 いいけどお前達、呼ばれて来たと主張するならまず俺に説明してくれ。

 あと俺が唱えたのは焼き物をする為の魔法であって、精霊召喚術じゃなかったはずだぞ。

 今も俺の手の中で出来上がるのを待ってるこの土鍋の元をどうしてくれるんだ。


「第一、こんな赤ん坊のどこが魔力の宰だと言うんだ」

「ひょっひょっひょ」

「笑いごとではありませんよ、テール。魔力の宰は我ら精霊族とって無視できない存在です。真偽はともかくとして、軽々しく口にすべき事柄ではありません!」


 どうやらマリョクノツカサというのは、精霊族にとっての『伝説のほにゃらら』的な何かのようだ。

 なにしろ元魔王な俺の知識に無い単語だからな。きっと語り部とかにしか伝わっていないようなのに違いない。

 そんなことより、土鍋をはよ。

 俺のこっそりおひとり鍋用の土鍋はよ。 

 これ作って、いつか野外活動した時にドラゴンを一狩りしてくる予定なんだから!


「まぁ、ぬし等が信じぬなら、それはそれで良かろうよ」


 テールは飄々とした顔でふたりの追及をかわしている。

 俺はもう諦めて漏れてる三者の力をちょちょいと借りて勝手に土鍋を作ることにした。まったく、他のどの精霊よりも魔法の相手として良くないなんて、精霊王の名が泣くぞ。出来た~ん。俺の土鍋!


 大人の体ぐらい軽く入りそうな大きな土鍋をほくほく顔で『無限袋』に突っ込むと、なにやら微妙な顔をした精霊王三者がこっちを向いていた。

 なに。

 今更何か用ですか精霊王さん。使われるべき魔法の力もちゃんと貸さずに自分達の話に没頭してた精霊王さん。言っておくが俺の土鍋はあげないぞ!

 さて、次の魔法は何にしようかな……流石にもう中級へいっちゃおうかな……そうだ、合成肥料を作成する魔法なんていいな。窓近くで作って花壇に撒いてやろう。ふふふ。俺は作物を育てるのが大好きなのだ。誰も信じてくれなかったが。


「いやいやいやお待ちあれ! 無視はせんでくだされ次代の魔王殿!」

「れでぃおん」


 慌てたテールに、俺はまるまちぃ声で告げた。

 目を剥かれた。

 仕方ないだろう! 赤ん坊だからこんな声なんだ! 言っておくが成長した俺の声はバリトンだぞ!

 今だけだからなこんなまるっちぃ声は!


「喋った!?」


 そっちか!!


「いや、魔法を唱えたのだから、喋れるのは当然じゃろうが?」

「あっ、そ、そうですね。いえでも、え……どう見ても生後半年未満に見えるというか……生まれたと予見されてからまだ数か月しかたってないような……」


 俺はそっと視線を外し――意味ないと気づいて目を見返した。

 水の女王様が怯んだ。ちょっと頬が染まってる。

 ……なんか地雷踏んだ気配。

 三者を代表してテールが上目使いしてくる。


「せっかっく来たんじゃし、儂等にもちょっとそれっぽい手伝いとかさせて欲しいんじゃがのぅ?」


 え。いらんよ。

 土鍋作ったからもう帰っていいよ。

 俺はちまちま地道に下っ端精霊達から手を回していく予定なんだ。そしてゆくゆくは平民層に親魔族派を増やす予定なんだ。何故なら精霊族は基本、多数派が勢力をもつからな!!

 いきなりあんた達が来ちゃったら、他の若手が来なくなっちゃうじゃないか! いらんよ!

 思い切り否定的な気配を出してる俺に、精霊王達が困惑顔になる。



 結局、テールからは土壌改善の魔法、炎の精霊王からは遠赤外線グリルの魔法、水の精霊女王からは水浄化の魔法を教えてもらうことにした。

 なんかすごい微妙な顔をされたが、俺は知らん。





 ちなみに『魔力の宰』を家の図書室で調べたら『よい子の魔法講座』にあっさり載っていた。




 うぇええい!?

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