第6話 世界の知らない物語 と 俺の知らない物語



 夢を見ていた。

 それが夢なのだと、俺には分かっていた。


 どこかぼんやりとした白い世界。

 揺蕩う俺の意識に、降りしきる雪のようにチラチラと蘇る懐かしい顔。


 ――生きろ


 そう告げるのは父だ。

 欲にかられた海人族から俺を逃がす為、最期まで戦い抜き、無残な死を迎えた父。

 冷酷な野心家で、俺の能力を褒めることはすれど家族として接してくれたことは無かった。

 けれど死の間際に触れた父には確かに愛情があった。

 俺は悲しみと慟哭を知った。


 ――あなたが無事で……よかった……


 そう言ったのは母だ。

 現実的でない理想を夢見る優柔不断の塊だったが、俺に家族という優しさを与えてくれた人だった。

 けれど財宝目当てに攻め込んできた人族の神殿騎士団に捕らえられ、悍ましい程の凌辱と拷問の果てに死んでいった。

 俺は憎悪と怨嗟を知った。


 ――貴方は生きなくてはならない


 冷たい目で告げたのは幼馴染の側近だ。

 冷ややかな目をした皮肉な男だったが、常に俺を生かす為に身を粉にして働き続けていた。

 自分達の屍の上に立てと言い続けた男は、生まれたばかりの己の子を見ることなく、精霊族の手によって多対一で虐殺された。

 俺は狂おしさと虚無を知った。


 ――いつも、あなたの傍に……


 今際の際に優しく微笑んだのは、俺の妻だ。

 気位の高い冷たい女で、一度も心を開いてくれなかった。だが、有能で気配りの長けた才女だった。

 俺の子を産む前に人族に捕縛され、嬲られ腹を裂かれて殺された。

 助けが間に合わず、無残な姿を抱き上げた時、初めて俺をずっと愛してくれていたことを教えられた。

 そして腕の中で死んだ。


 後になって思う。

 当時は決して口にしなかったけれど。

 俺も全員愛していた。


 彼等彼女等の遺した言葉が、

 思いが、

 今もこの胸のなかにある。

 その全てを記憶している。

 この世界で俺だけが知っている記憶。

 俺だけが知っている魔生ひとびと


(辛い)


 どれだけ会いたいと思っても、本当の意味で彼等彼女等に会えることは無い。

 存在しない存在ゴーストなのだ。

 ――俺の記憶の中にしかいない。


(会いたい)


 悲しみが荒れ狂う。

 けれどそれは柔らかい何かに抱き留められるようにして、この『場』に留まっていた。

 大きな何かにやんわりと蓋をされている感覚。


 ――世界を壊してしまわないように

 ――大切なものを壊さないように


 身の裡の虚無が暖かいものに包まれる。今の俺とかつての俺を切り離すように。

 ……ふと感じる誰かの気配。

 ――『俺』であって『俺』ではないもの。


 俺は目を閉じる。

 意識が浮上する。

 無意識下から意識下へ。


 ふと、廊下を歩いているような気がした。ベッドで寝ているはずなのに。

 意識して感じるのは、馴染みのある俺の部屋。

 そして、もう一つ――暗闇の中の廊下。

 廊下の方の感覚が苦笑めいたものを浮かべる。誰だ。俺だ。――いや、本当に『俺』か?

 不明瞭な頭の中に、言葉が浮かぶ。


 ――二階。

 ――廊下の端部屋。


 そうか。

 俺は微笑わらった。

 満ち足りた気持ちでもう一度目を閉じる。



 次の眠りでは、夢は見なかった。







 生後一ヶ月半になった。

 その間に父様は宣言通り『牧草地』を作った。

 冬の寒さをもとのもせず、雪に覆われることのない牧草地だ。

 早速、クロエの実家から大きな天魔山羊を三頭移動させ、新たな牧草地に放し飼いにしている。雪の中の移動の為、常の十倍ぐらい移送費がかかったらしいが、運ばれてきた山羊達は元気だった。ちなみに三頭になったのは、話を聞いた家人達がついでにチーズ作りもしようと画策したせいである。

 クロエの実家、山羊三頭も減ったけど大丈夫なのかな……


 なお、我が家の冬用牧草地は山羊が三頭になっても全然平気な規模らしい。

 らしい、というのは俺自身が見たことがないせいだ。なにしろ、俺が見える位置には無いからな。

 常時結界を張る必要もなく、魔道具の設置で十分対応可能で、なおかついっさい雪の影響を受けない越冬用牧草地のある場所――

 それは、地下である。

 ……流石にその発想は無かったよ……


 なお、企てたのは父様だ。

 おかげで我が家の地下には、大空洞という名の地下牧場が出来てしまっている。

 まぁ、大空洞といってもそこまで天井は高くないし、牧草育成の為に光源いっぱいだから真昼のように明るい。地下水は多すぎず少なすぎずなうえ、雨や雪解け水が発生した時用の排水もしっかりしているらしいので、大水の時に水没するということもなさそうだ。


 なお、冬以外の時には飼糧保存庫としても利用予定で、なおかつ今も拡大工事中らしい。

 ……もしかしなくても、冬で外に行けない分、家人達が体を動かすいい運動場になってやしないだろうか?

 まぁ、後々役に立つ施設だから、俺としては文句など無いのだが。


 ちなみに俺自身の成長としては、残念ながら身体能力はさほど変わっていない。

 相変わらず我が部屋の隠し通路入口も動かないままだ。

 ……あの額、実は壁に貼り付いているんじゃないだろうな……

 十歳の時には何の抵抗もなく動いたのに、もしかして年齢制限とかがあるのだろうか。俺の未来計画が生後数か月で頓挫したな。


 そんな物悲しい状況のかわりに、魔力系の能力強化は著しい。

 紙風船で鍛えに鍛えた魔力操作で、『魔法具作成』『魔力注入』といったことも出来るようになった。前世だと十歳ぐらいで出来るようになっていた能力だ。

 おお! 今生の優秀さが留まるところを知らないな!!


 しかし、制御はお粗末で周囲に駄々漏れ状態だ。

 いくら精神が前世のままとはいえ、何もかもが前世の通りに自由自在というわけにはいかないらしい。時間経過と共に回復する自己魔力回復分もあわせて、ひたすらジャバジャバと漏らしている。おお、なんという豪快なお漏らし……やだ恥かしい。

 魔力量は前世末期よりむしろ増えている気がするから、余計に溢れまくってるな。

 今まで気にしてなかったが、気がつくと非常にもったいない。

 なので、とりあえず身の回りの物をこっそり魔改造していくことにした。

 入浴の朋『ぴよこちゃん』は標的追尾機能搭載の自動操縦可能で空も飛ぶ。睡眠の朋『おうしちゃん』は快適安眠体調調整機能付きだ。

 ……この成功例を作るまでの間に、歩く箪笥とか空飛ぶだけの絨毯とか歌う時計とか、意味のない失敗作が出来たのはご愛敬だろう。魔族、自前で空飛べるしな。


 しかし、動ける範囲内の物品にも限りがある。廊下の絨毯にも侵入者束縛機能をつけ終わっちゃったから、もう日々の埃ぐらいしか魔道具化してないものが無いのだ。

 ……暇だな。

 あと、溢れる魔力がもったいない。


 もうここまできたら、魔法に踏み切ってもいいだろうか?

 まだ喃語がせいぜいで呪文を唱えられないが、魔力操作力をかなり高めているので、初級魔法なら無詠唱でも制御失敗しそうにない。

 契約時にネックになる父の時空魔法【完全空間遮断結界エスパス・ブロッカージ】だが、魔法を使う瞬間に結界に穴あけすればなんとかなる。小物を呼び込むぐらいなら、父に気付かれずにやれるはずだ。たぶん。――でも怖いから、最初は部屋の中にいる小さい精霊にお願いしよう。そうしよう。








 さて。

 色々あったがなんとか無事契約は成功した。

 あった色々は主に俺がまともに喋れないせいで何度も何度もやり直しになった程度のことなので割愛する。大丈夫だ。俺は泣いてない。でも恥ずかしさで死にそうにはなった。ら行難しいよ発音。濁音もきつい。そして名前が長すぎて――いやよそう、もう思い出すまい。どうせ新しい契約をするときにまた同じ黒歴史を繰り返すのだ。だからもう思い出すのはやめるんだ! 俺の心がもたないから!!

 そんなわけで、魔法訓練である。ちゃんと出来るかどうか、いざ! 実践!


(水よ、我が掌に満ちよ)


 俺の意思に応え、水を受けるために合わせられた両手の掌の中に水がゆるゆると満ちた。綺麗な水だ。

 うむ。ちゃんと制御できているぞ!


(炎よ、水を温めよ)


 次の魔法で掌の水が暖かくなっていく。

 うむ。これもちゃんと制御できている!


 今やっているのは初級の『精霊魔法』――【招水】と【温化】だ。

 魔法というのは、自分以外の者から力を借りて行われる。

 代償は魔力。

 言ってしまえば契約魔術の一種で、「魔力をあげるから力を貸してね」という物々交換だ。


 対象自身から借りる力は一定だが、術の威力や範囲は術式とつぎ込まれる魔力によって変化する。

 精霊の力を借りるものが『精霊魔法』。

 一級神の力を借りるものが『神性魔法』。

 今はもう幻のようになっているが、正真正銘の世界最強種たる魔女に力を借りるものは『真性魔法』と呼ばれる。

 ちなみに、我々魔族に力を借りた魔法は『黒魔法』だ。

 これは主に発動時に使用者の魔力が一瞬黒色化するのが理由だな。


 さて、そんな俺が使っている精霊魔法だが、これはつい先だって契約した精霊の力を借りている。

 初級だけあって、契約に来たのは可愛らしい下級精霊だった。俺を見てビックリしていたが、非常に友好的だったので俺もホクホクだ。よかったよかった。

 なにしろ、前世の俺は終盤、精霊族と敵対していた。

 無論、全ての精霊族と直接事を構えたわけでは無いが、色々あって世界の全てが敵状態だったから、どの範囲まで敵になっていたのか不明瞭なところがある。――まぁ、今の世には関係ないから、冷静に考えたらいきなり攻撃される可能性は低いんだが。


 だが、裏切られた記憶というのは、俺の側にもしこり・・・になっている。俺自身のかつての憎しみが蘇ったりしないだろうか、というドキドキもあったのだ。

 しかし、全く知らない下級精霊が相手だったせいかムクリともこなかった。よかった……自分で全く自信が無かったから本当によかった……

 考えれば、種族全体を憎むのはお門違いなのだ。精霊族にも、俺達に一切手出ししなかった連中はいたからな。

 ……実際に敵対した者と相対した時、今の俺がどうなるのか、いささか不安ではあるが。


 ただ、ファーストコンタクトの後で気づいたことがある。

 ――この調子で仲良しの精霊を増やせば、前世のような事にはなるまい、と。


 そう! 仲良し種族増やしの手段に思い至ったのだ!


 前世は力のある精霊とだけ契約していた。少数精鋭だったのだ。

 初級魔法のような小さな魔法であっても、大精霊と契約を交わして実行できる。むしろ大精霊と契約を交わした時のほうが、その威力が強くなるのだ。

 弱い下級の精霊だと制御しやすいが威力は弱く、同じ威力を発揮しようと思えば術者の魔力をより多く必要とする。

 それに、下級の精霊だと上位の魔法の時にはまた別の精霊と契約を結ばなくてはならない。その為、面倒だと思った前世の俺は、最初から上級精霊のみを相手にしていたのだ。一度契約を結んだ精霊なら、契約を短縮できるからな。


 それがそもそもの間違いだったと、今の俺は思う。

 今生の俺は質より数で攻めるのだ。なにしろ精霊族は基本的に民主主義。大多数の支持を得られれば、俺と敵対しようという属性精霊は激減する。

 それに、下級精霊と違って上級精霊は気位が高く、猜疑心も独占欲も虚栄心も強い。上級精霊同士でいがみ合うこともあるうえ、その気位の高さ故に「下級精霊などと話すな」と選民意識的な要求をつきつけられるのだ。

 正直、ウザイ。

 そういう意味でも下級精霊で大ハーレムを作るのだ! 上級精霊とかは必要最低限でいいな。


 パシャッ


 ん?

 色々考えてたら、掌の湯が弾けてしまった。

 余所事に気を取られて制御に失敗したらしい。やだ。元魔王としてすごい恥かしい。……気づかれないうちに乾かそう。

 そう思っていたら、クロエが来た!

 やばい!


「あらあら、レディオン様、おしめの交換をいたしましょうね」



 おもらしと間違われた!!








 

 気を取り直そう。俺は泣いてない。

 久しぶりに服とおしめを交換されるという羞恥プレイを経験したが、俺は冷静だ。

 なにせ今の俺は生後一か月半だ。むしろおもらしして当然だ。涙さんは引っ込んでください。


 クロエはちょっと嬉しそうに「やっぱりレディオン様もまだ赤ちゃんですね」と言っていた。あまりにも成長が早すぎると気味悪がられるから、結果オーライだろう。


 裸にひんむいた俺を見て「うちの息子より可愛いですわね」と微笑んだのだって、きっと一部を見て言われたわけじゃない。視線の先を追ってはいけないのだ。気のせいだ。気にするな。

 あ、涙が。


 さて、俺の服だが、赤ん坊の俺の意思が反映されることはない。メイド達が用意してくれるもので、常に新しい肌触りの良いものばかりだ。もともと衣服に拘りも無いし、これといった不安があるわけでもなかったのだが……

 ……なんというか、近頃、妙に不穏な気配を覚えてならない。

 今日クロエが着せ替えてくれた俺の服もそうだが、ここ最近母様の趣味が多分に含まれつつある気がするのだ。

 普通のやつは白が多く、形もシンプルだ。だが、母の趣味が混じると途端に流行色をとりいれたフリフリに変わる。

 今日のウェアなど一見すればスカートだった。解せぬ。

 ちなみに今年の流行色はピンクである。


「んきゃン!」

「お気に召しませんか? かわいらしいですよ?」


 ヤだよ!

 なんでピンクなの!? 男の子はブルーでしょ!?

 母様は俺をいったいどうしたいの!?


「うちの子も御揃いのをいただいたのですよ」


 クロエはにっこり笑っているが、クロエの子供も男の子のはずなのに、それでいいのだろうか。

 しかし、クロエも乳幼児を抱える母親なんだよな。俺の世話ばかりしてていいの?

 自分の子の世話はどうしてるの?


 服の変更を諦めて父からもらった新たな玩具――積木――を魔力をつかって組み立てながら、そんなことを考える。

 しかし、俺の部屋では天井が上限になってしまって全部積み上げれない。

 仕方ないな。移動しよう。

 東棟内で一番天井が高いのは、正面玄関近くだな!


 すっくと立ちあがると、察したクロエが慌てて俺に防寒具を着せる。

 冬生まれの俺だから、外は真っ白な雪模様。つまり寒いのだ。

 前庭と屋敷には温熱の魔法がかかっているが、だからといって油断は出来ない。か弱い俺が風邪をひいたら大変だからな!


「むふー」

「あら、レディオン様。ご満悦ですね」

「きゃーん!」


 着せられた手触りの気持ち良いモコモコに、俺はとても満足だとも。よしよし。これでスカートもどきからおさらばだ! 色も白一色で安心出来るな!

 雄姿を確認すべく、姿見で見てみた。

 ――白い熊の着ぐるみだった。

 解せぬ。







 俺のクマぐるみ姿は周囲の守護者達にとてもウケたが、それ以上に父母にウケた。

 ちなみに中央階段側でやっていた『目指せ積木六十階建て!』は、父の盛大なる帰宅によって吹っ飛んだ。まぁ、幸い誰にも怪我は無かったので良しとしよう。

 ――いや、俺に土下座して謝った父様の額が、床に激突して傷ついてたか。

 母様が回復魔法で治してやったからピンピンしてるけどな。


「それにしてもレディオンちゃんは可愛いな……! 冬の間は着ぐるみを揃えようか」

「素敵ですわね! 次は兎さんにしようかしら!」


 やめろ!

 なんてことを考えるんだ!

 着ぐるみなんてトイレの時着脱が大変だろ!?

 俺が可哀そうだからやめてやるんだ!


「きゃアん!」

「レディオンちゃん!? 嫌なのかい!?」

「キャん!」

「そ、そうか。仕方ない……諦めよう」

「ふー」


 危うかった。

 俺の黒歴史がまた一つ積み上がるところだった。

 しかし、父は素直だから安心だが、母は油断がならない。

 今もしれっと「私は約束してませんから」的な表情をしている。前世との差異が半端無いな。

 ――と、


「あむ!」


 俺の部屋の前で止まった父に、俺は身を揺すって「待って」を合図した。

 俺の仕草に目尻を下げていた父の横で、母が「どうしましたか?」と問うてくる。


「あーぅ」


 喋れない身で意思を伝えるのは難しい。

 俺は廊下の中央にある自分の部屋ではなく、廊下の端を指さした。

 首を傾げる父様の腕からひょいと飛び降りる。


「レディオンちゃん!?」


 おわぁ!? 抱き留められた!

 父様、反射神経いいな。


「どこかに行きたいのですか?」

「あむ!」


 よし。母が察したぞ。

 俺は廊下の端を指さして頷く。

 妙に俺の精神が訴えるのだ。東棟の端部屋を。

 とはいえ、あのあたりは全部鍵がかかっている。魔力操作で忍び込むことも考えたが、父母が揃っているのなら連れて行ってもらったほうがいいだろう。よろしくね!


「ふむ。探険がしたいのだろうか。……それにしても、前からうすうす感じていたが、言葉を理解しているのだな」


 おや気づかれた。

 まぁ今更か。

 うまく喋れないけど、理解はしてるとも。


「本当に優秀な子……誰に似たのかしら」


 母様……父様がちょっとさびしそうな顔してるから、心底不思議そうな顔で言うのはやめたげて?

 父様と母様の子だよ?

 両親の良いとことりだよ?


「そういえば……あちらにはクロエの部屋がありますね。子供は、最近どう?」

「寝っぱなしです。レディオン様のお育ちの速さを見てると不安になるぐらいですが、あれが普通なのですよね……」


 クロエの子供はまだ首も座っていないらしい。俺より二週間早く生まれているが、まぁ、普通はそんなものだろう。

 たしか俺と御揃いのピンクを着せられているのだったな。男の子なのに。

 赤ん坊同士で比べるのもなんだが、俺のより立派らしいのに。

 何処とは言わないがな!

 ……あ、涙が。


「ただ、そろそろ首も据わりそうなので、私の子供のわりにはそれなりに優秀な子に育ってくれるかもしれません」

「ああ、あの子か……確かに、なかなかの魔力だったな」


 俺の頭を撫でながら父様が思い出すように言う。

 おや、父様はもうクロエの子供を見物済みですか。

 俺を連れて行ってくれてもいいのよ?


「お褒めにあずかり、恐縮です。せめてレディオン様の盾になれるぐらいには育ってほしいところでございます。食が細いので、ちゃんと育ってくれるか心配ではありますが……」


 そんなクロエに、母乳の出がどうとか、しこりがどうとか、ママ友同士のディープな会話が始まって俺は居心地の悪い思いをした。父様を見てみたが、父様は俺の頭を撫でるのに夢中で話題とかどうでもいいらしい。頬ずりとかされてしまったが、まぁこれも家族サービスだ。

 苦しゅうない、存分に愛でるが良い。

 ――おっと、端部屋に来たよ。


「え? 私の部屋……ですか?」


 え? クロエの部屋なの?


「まぁ、レディオン……」

「もしかして、乳兄弟に会いたかったのではないか?」


 父様がそんなことを言う。

 そうか。乳母の実子だから乳兄弟か。俺の乳兄弟か。俺の――俺の!!


「――あら、レディオン。いきなり意気揚々ね?」

「むふー!」


 別に興奮してないとも。友達がいなくて寂しがってなんていないとも。

 けど乳兄弟。俺の乳兄弟。うむ。いい響きだ!

 クロエも俺の傍に的なことを言っていたし、未来の部下にもなりそうだな!!


「まぁ、なんてヤる気の顔」


 どんな顔なの、それ。


「一度会わせておきましょうか。クロエ、部屋に入ってもいいかしら?」

「まぁ! 恐縮ですわ。どうぞ」


 目を爛々とさせた俺をひきつれて、クロエの部屋におじゃましまーす!

 おお、落ち着いた可愛らしい造り。華が飾ってある。女性らしいな。

 部屋は俺の部屋より数段小さいが、家人の部屋としては広い部類だ。

 やはり母様の乳姉妹で、俺の世話役だからなのだろう。


 その部屋の中、クロエが使っているだろうベッドの傍らに小さなベッドがあった。

 おお! 我が乳兄弟よ。そこにいたか!

 白い布団がもごもご動いている。

 なかなか元気なようだな。未来の部下よ。


「こちらです」


 クロエがベッドの傍らで紹介する。

 父様に抱えられたまま、俺は相手を覗き込んだ。


 男女のどちらなのか分からない可愛らしい顔。

 まだぱやぱやの髪は黒。

 瞳も黒だ。

 この色はクロエのを継いだな。

 魔力の量も申し分ない。強さもだ。

 というかものすごく知っている魔力だ。

 俺は目を瞠った。


「私の息子、ルカです」



 俺の幼馴染の側近が、そこにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る