第4話 魔族が滅亡フラグなので商人になって無双する



 あまりの衝撃に二、三日、意識が飛んでいたらしい。

 気がつくと日付表の数字が進んでいた。

 そのままさらに丸一日を茫然と過ごし、翌日、現在の年月日を確認した。

 天魔歴七千八百二十年。まさに俺が生まれた年。

 現在の日付から色々逆算したら誕生日も同じだった。

 頬をつねれなかったので手をベッドの柵に打ちつけてみる。痛い。怒られた。ついでに泣かれた。

 夢では無いらしい。

 ……ばか……な……





 状況を整理しよう。


 勇者に殺されて世界呪いながら滅んだら生まれたてホヤホヤの時間まで遡った。

 何を言っているのか分からないだろうが、俺も事態がよく分からない。


 俺の名前はレディオン・グランシャリオ。

 かつて魔族の大家グランシャリオ家に生まれ、十歳で魔王の位に就き、とある神族という名の愉快犯と、連中の傀儡である勇者に殺された前世過去をもつ男だ。

 死んだ当時は、魔族年齢で三十を超えていた。

 ちなみに現在の俺は生後三週間である。

 うん。やはり自分で言っててもよく分からない。そもそも転生って……魂、過去に飛ぶものなの?


 誰も答えをくれない為、正直、俺自身何がどうなってこうなっているのかサッパリだ。

 だが、もごもご動くしかない赤ん坊の体は確かに俺のもので、死んだはずの父母がそこにいる。

 この様子だと滅亡するはずの魔族もかつてのまま存在しているのだろう。


 事態が分からないなら、分かるように動くまでだ。


 とある事情により体を動かさなくては精神が危機的状況になるため、俺は死にもの狂いで成長を促した。

 生後六日目で寝返りをうてるようになった。

 生後七日目で周囲を這いまわれるようになった。

 無論、首などとうに据わらせている。

 毎日必死にコロコロ転がっている俺に、周りがオロオロしていたが気にする余裕なんて無い。

 仕方ないではないか。

 俺だっておむつは嫌なんだ!!


 最初の念願を叶えたのは今日。生後三週間目だ。

 俺の凄まじい成長速度に父が狂喜乱舞していたが、俺もひっそり狂喜乱舞していた。

 何しろ一人で排泄できるようになったのだ。

 脱おしめだったのだ。

 それまでの絶望と恥辱のせいで前世の恨み辛みすら遠く感じかけたほどだ。今はひたすらこの感慨に浸りたい。


 おお! よくぞ頑張った、我が新たなる赤ん坊の体よ!!

 生理現象の度に積み重なる絶望と恥辱に、もはや魂が変革しそうな勢いだったが俺は最初の苦難を乗り越えたぞ!


 しかし、本気で俺の精神は前世の何かを乗り越えてしまったような気がする。まぁ、もともと前世の記憶や感情は、薄皮一枚向こう側のように奇妙な隔たりを感じるのだが。

 とはいえ、俺には魔族年齢三十余まで生きた大人の男の精神ココロが――いや、よそう。もう言うまい。俺の心は俺が守るのだ。

 性格が色々変ってしまった気がするうえに、第二第三の人格が爆誕しそうな勢いだったが、あの恥辱の日々を乗り越えれば色々あろうとも。もう泣かないとも。


 そんなココロの血と涙で成長速度を速めまくった俺は、ハイハイとつかまり立ちを駆使して移動しまくり、父母に連れ戻されては脱出する毎日で情報を仕入れた。


 結論――ここ、俺が生まれた俺の家そのものだわ。

 そして魔族も当時のまま揃っているわ。


 現魔王は百八代目の『黄昏の魔王』サリ・ユストゥス。

 治世七百年の大ベテランで、内政に力を入れ餓死者を無くした傑物だ。魔族的年齢停止状態のため、現在も二十歳前後にしか見えない黒髪紅瞳の美青年である。


 魔族の総人口は、一歳未満の赤ん坊を除いて七十八万五百とんで一名。世界最大の大陸、『セラド大陸』在住。

 ちなみに男女比は四対六で女性寄り。


 近年一夫多妻がよりいっそう推奨されつつあるが、前世の俺の非モテっぷりを思えば淡い希望は抱かない方がいいだろう。人の夢と書いて儚いと読むのだ。人型種の俺の野望ハーレムも儚いのだ。とりあえず、お金が手に入ったら世界中のモテ本を集めよう。そうしよう。


 それはともかく。

 文明文化および貿易関連から商業、工業、農業、加工業、主要武防具に魔法形態、座右の銘から今年の流行色までなにもかも俺が知っている内容だった。

 ここまでくると、もはや疑うまでもない。


 生まれ直しだわ。

 赤ん坊から再出発だわ。

 このままのほほんと生きてたらまた滅亡フラグだわ。


 誕生即滅亡フラグとか、魔生儚いにも程があるな!?


 しかしそこは発想の転換だ。

 生まれた直後ですでに滅亡ルートがどんなものか知っている。これは相当有利ではなかろうか。


 どの地点から愉快犯神族共が暗躍していたのかは分からないが――少なくとも、神族が魔族を滅亡させようとしていることが最初から分かっている。

 ――俺達を世界の敵にすべく、魔族の評判を落とす暗躍をしていることも。

 前世では、気づいた時にはすでに詰んでいた。

 現世では、まだ致命的な事件は――俺が知りうる限りは――発生していない。


 チャンスなのだ。

 生き残らせる為の。


 そう――『救えるかもしれない』。今度こそは!!


 何故、生まれ直したのか。

 、生まれ直のか。

 ……分からない。

 自然なことだとは思えない。何者かの思惑がからんでいる可能性だってある。

 それが判明するまでは、気を抜けない日々が続くことだろう。

 だが、生まれた理由は、俺が決める。


 救うのだ。

 俺の手で。


 俺の命は、そのためにある。






 さぁ、やってやんぞ!

 と気合入れたのはいいが、いかんせん赤ん坊の体は貧弱に過ぎた。

 なにしろすぐに息が切れる。走ってもないのに足腰は疲れるし、ひっくり返ったら即スヤスヤだ。体力なさ過ぎて眩暈がするな。……やだ、早くも腕が疲れてきた。


「きゃむ!」


 ソファに上ろうとしてひっくり返った俺は、床をペチンと折檻してから這い起きた。

 我が部屋にデンと座ったソファの上には、額に飾られた絵がある。実はこの絵の裏側に隠し通路があり、直系のみがたどれる秘密のルートで宝物庫に行けるようになっているのだ。

 ある事情でその内容を確認したいのだが……ちょ……ソファにさえ登れない……

 今の俺は頭と胴体が大きく、手足は短く。身長はソファの座席位置と似たり寄ったりだ。

 せめてソファにかきついた体を上に引き上げれば……く……足が……上がらない……!


「きゃん!」


 落ちた。

 なんだこのもちもちロールパン腕! 体を引き上げることすら出来ないとか最悪だな!?

 こうなったら魔力操作だ! 身体能力をさらに高めてやる!

 見てろよソファよ! 俺が今から貴様を征服してやるからな!


 ゴスッ


「きゅむ!」


 なんなの!? 俺の体のくせに、俺に逆らうの!?

 立とうとして頭からコケるとか、俺の体はどうなっているの!?


「きゃアん!」


 パンパンパン!


「まぁ、レディオン。床に八つ当たりしても足腰は強くなれませんよ?」


 母様! いつから見てましたか!?

 ビックリして仰向くと、そこに凄まじい美貌の巨乳美女がいた。

 母だ。転がっている俺に向かって、このうえなく優しい微笑みで両手を差し伸べてくれる。

 母様……!!


「レディオンはやんちゃさんね」


 母様によしよしされて心の傷を癒しつつ、俺はぐっと目に力を込めた。大丈夫だ。俺は泣いてない。でもこのツラハズカシイ気持ちをどうしたらいいのだろう……?

 

「今日は沢山動いたから、もうおやすみなさい」


 ええ。沢山ひっくり返りましたよ。

 そしてベッドの上に転がされるんですね俺。

 諦めの境地で目を瞑って開けたら、部屋が真っ暗になっていた。……やだ……一瞬で夜になってる……


 流石にこんな状態では拙い。

 赤ん坊だから、と言えばそれまでだが、こんな体では万一神族と遭遇したら一発で葬られてしまう。連中がいつから介入していたか分からない分、いつでも迎撃できるようにしないといけないのだが。


 俺は小さな紅葉のような手を見る。

 今のこの手で武器を持てるとは思えない。

 せめて魔法が使えればよかったのだが、困ったことにあれだけ習得していた魔法の契約が全部真っ白になっていた。【火炎球フラム・ボム】すら残っていない。魔法の知識はあるのに。

 どうも魔法を使う為に必要な『契約』が全て消えているようだ。

 ……魔法の契約って、魂に結ばれてないんだな……


 面倒な作業を一からやり直しかと思うとショックだが、仕方がない。頑張れ俺。こちらは安全が確保され次第、じわじわ契約を結び直せばいい。前向きに考えよう。

 知識と魔力は膨大だから、零歳にして天才魔法使いになれるかもしれないな!

 ――とまれ、呪文以前に喋れないから、天才魔法児計画もまだ先の話だ。


 ただ、野望を大きく持つなら早いうちから明確な指針が必要だろう。漠然と進んだところで失敗するのは目に見えている。

 まず、目先の目標か。いきなり体術云々というのは無謀だ。

 活動の為に『走れるようになること』と『喋れるようになること』。

 それをクリアしたら、魔法や武技を習って自分の強化を。俺が弱くて死ねば、そこで全て終わるからな。

 その次は魔族全体の能力向上、及び財政基盤の確保と底上げの為の改革だ。


 魔族は身に持った力のわりに牧歌的な種族だ。上流家庭以外では財産を溜めるという習慣が無い。

 分け与え精神が根付いているので平時は何とかなっているが、外敵が生まれた時や、ちょっとしたことで個人が危機的状況になる。貧困が引き起こす騒動を前世ではいくつも見てきた。


 金銭的な問題は魔族だけじゃない。

 一番深刻なのは人族だ。

 俺を殺した勇者や、その一行にも貧困の問題は絡んでくる。旱魃や飢饉、疫病や不審死、化け物による生命の蹂躙。それらも魔族滅亡のルートでは神族に悪用された。全ての災いは魔族のせいだ、と。

 そう――世の中の不幸は全て俺達のせいにされるのだ。神族連中は言葉巧みに他種族を操るからな!

 その抑止力になるのは魔力や武力では無い。――金だ。

 正直に言おう。

 魔族最強でも死ぬ。

 歴代最強でも滅ぶ。

 力でどうにかなるようなら、そもそも前世で俺は死ななかった。

 負けたのは力以外の部分だ。

 まず、金だ。

 次に、名声。

 そして、信頼の出来る他種族の同盟者。

 出来れば参謀的な仲間も欲しい。


 金があれば解決できた問題は沢山あった。

 信頼と実績で結ばれていれば『世界の敵』扱いは回避できただろう。

 俺の中には――切り離された扉の向こう側のように隔たりがあるとはいえ――まだかつての憎しみが渦巻いている。即座に感情に捕らわれるようなものではなくても、消えたわけではない。いつ何時それがあふれるかも不明だ。何がそのきっかけになるかも。

 他種族を信じることだって難しいだろう。裏切られた記憶があるのだから。

 だが、それに囚われて今生で失敗するわけにはいかないのだ。『確実に裏切る者』の顔と名前は覚えている。今度の俺は上手くやりきってみせるとも。

 俺一人だけでは出来ないだろうから、俺の頭脳になってくれる人も見つけたい。


 欲張りだろうか。

 いや、欲張りでいこう。

 前世の俺は全てを失った。

 今度は全部手に入れよう。

 それぐらいの気持ちで行ったほうがきっといい。 



 今生の俺は、金の力で世界征服するのだ。

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