第3話 二度目の誕生



 ―― 一瞬、意識が途切れるのを感じた。


 死んだのだ。


 そう理解した。


 全てを仕組み、魔族を滅ぼすべく動いていた神族の企みのままに。

 あの嘲笑う声の主に、この憎しみを叩きつけれないままに。


 何故、こうなった。

 自分達魔族が、何をしたというのだ。


 皆、ただ生きていた。

 強靭な肉体と強大な魔力を有した、この世界における最強種。

 全ての生命の頂点。

 ――けれど破壊衝動は乏しい。

 たいていのものは自分達で生み出せる為に、他を侵略してどうこうしようという気持ちの薄い種族。

 その身に宿した力のわりに、牧歌的な種族だったのだ。自分達魔族は。


 なのに、世界の敵にされた。


 世界の敵になるよう運命を導かれ、ありとあらゆる手で自分達と、自分達を取り巻く全てに憎しみを植え付けられた。

 殺された同胞がどれほどになるのか、数えきれない。

 ――同時に、反撃により死した周囲がどれほどになるのかも。


 おそらく、魔族の全ての民が根絶させられるだろう。『連中』はそのつもりで計画していたのだから。

 最期の力で異なる世界へと飛ばしたが、その先でどうなるのか分からない。死したこの身で守ることは出来ない。――逃れたその先までも、追いかけ滅ぼされるかもしれずとも。


 ああ、ならばこの世界など全て滅べばいい。


 神々など死ねばいい。


 生命など生まれなければいい。


 何故か浮上する意識と共にそう思った。

 ――息苦しい。

 圧迫感に体中が締めつけられる。

 これが死か。

 死んだ後もこれほど苦しむのか。

 戦で重ねた死の咎故か、それとも別の理由なのか。もし、この苦しみが残った同胞を生き延びさせるためにあるのなら、いくらでも引き受けるものを。


 思った瞬間、すぽんと苦しみから抜けた。


 だがこの胸にある憎しみは晴れない。


 何故こうして意識があるのかは不明だが、消滅するその寸前まで怨嗟は止まりそうにない。

 悲鳴めいたものが聞こえた気がした。誰かの焦った声も。

 神族が驚いているのか?

 いい気味だ。

 体中を覆っていた何かが洗われ、柔らかいものが体を包む。

 この温もりは何だろう。

 誰かの祈りだろうか。暖かい。死んだのだから、もう安らげとでもいうのだろうか。

 馬鹿な話だ。

 けれど、


「赤ん坊は……」


 ふと、声が聞こえた気がした。一瞬、思考が真っ白になった。

 ――今の声。

 知っている。覚えている。遥か昔に。

 目を開いた。――開いたはずなのに、何も見えなかった。

 白くて目が痛い。眩しいのだ。何も見えない。

 ただ魔力の波動を感じた。


 知っているものだ。

 ――懐かしいものだ。

 ありえないものだ。

 ――遥か昔に亡くしたものだ。

 なのに、 


「私の坊や……」


 その声。

 その魔力。

 ありえない。――だがそれでもいい。

 ここは死後の世界か。

 だからなのか。そこにいるのか。


 母上。


 深い愛情を与えてくれたひと。

 救えなかった俺の家族。


「ぁ……ぁああ……」


 声が零れた。もどかしい。うまく発言できない。

 体も動かない。死んだばかりのせいだろうか。


「ぁあああああ」


 手を伸ばした。必死になった。

 会いたかった。

 会いたかった。

 意識を世界に解き放つ。分かる。すぐ傍に魔族の気配。

 魔族だ。こんなに居る。

 父の魔力の波動もある。

 ああ、やはり死んだ者はここで再会できるのだ。


 生き延びろと言った父。厳格で冷酷で、優しくは無かったが気高い背中を見せ続けていた父。

 母と共にそこにいるのか。ここにいたのか。なら殺された幼馴染も、妻も、産まれる事すら出来なかった俺の子供も、きっとここにいるのだろう。

 どう謝ればいいのだろう。守れなかったことを。

 どう声をかければいいのだろう。気持ちが溢れて止まらない。


 まともに身動きもできない体を魔力で包まれる。

 大きいと思った。

 まるで赤ん坊になって抱きしめられるようだ。

 彼等にとって、自分はいつまでたっても赤ん坊のようなものだったのかもしれない。どれほど強大になろうとも、なにせ親なのだから。


「あああああああああ」


 何故か上手く開かない手。触れたいのに。自分からは触れれない。

 とりこぼしたものは、二度と掌に還らないということなのだろうか。

 そう思っていたら手の中に暖かいものがあった。


 必死に握った。

 これは父だ。

 もう片方に髪の感触。

 これは母だ。

 もう二度と放さない。人間などに滅ぼさせない。

 俺の両親だ。


 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、そういえば幼馴染と妻はどこだろうとふと思ったところで意識が遠のいた。

 ……消滅するのか。

 緩やかに憎しみが溶けていくのが分かった。温もりの中に消えていく。

 考えが上手くまとまらない。

 胸の中がぽかぽかする。

 ふと、誰かの掌の感触を思い出した。

 父母では無い誰か――死ぬ間際に感じた気のする形。数は三つ。


 ――モウイチド


 誰かの声が脳裏に弾けて消える。


 ――ココカラ


 泡沫のように。


 ――イキナサイ


 暖かな温もりに何もかもが洗い流されていく。

 覚えていたものが消えていくのを感じた。

 懐かしい両親の声を聞きながら、微睡に揺蕩うように意識を手放し――……








 ※ ※ ※





 後日、自分が赤ん坊になっていることに気付いた。グランシャリオの世継ぎとして。死ぬ前と同じように。




 はぁあああああ!?

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