第288話「翔から」
次の日、翔は修斗に電話をかけた。以前にも国際電話で話したばかりだが、新たに話しておかなければならないことが出てきたので仕方がない。
それは勿論、アルバイトを認めてもらうことだ。
「あー、もしもし?」
『どうした?生憎と今から会議でね、手短に話してくれると助かる』
「じゃあ簡単に。アルバイトを認めて欲しい」
『……桜花の誕生日に金がいるのか?』
修斗も忙しいらしく、修斗の声以外の音が電話口から漏れ出て聞こえてくる。
修斗は翔が言い出したいことを察し、逆に翔に訊ねた。
「……まぁ」
『私も梓も何かしてあげたいが、なかなかに帰れなくてね……。まぁ、私が勝手に帰ってしまった分、尚更に身動きが出来ないわけだが』
「うん、しっかり仕事して?」
『お金は自由に使いなさい。私達の分まで桜花を祝ってくれる嬉しい』
「うん、ありがとう。けど、自分で稼いだお金で出来るだけはやってみたいんだ」
『そうか、なら好きにしなさい。犯罪事以外なら私は何でも許すよ』
修斗から認められて翔は力んでいた身体がふっと脱力していくのを感じた。
するとその時にがしゃん!と向こう側から物が倒れる音がした。
修斗が恐らくは電話を口元から遠ざけて「何事だ?」と声を張り上げる。その問いに誰かが何かを答えたかと思うとべりべりがしゃがしゃと電話口が雑音で埋め尽くされる。
しばらくスマートフォンを耳から話して待っていると修斗ではない声が「もしもし」と話しているのに気づいた。
「……もしもし?」
『あー、もしもし。充だが、覚えてくれているかな?』
「忘れてませんよ。それより、そちらの方は大丈夫ですか?何かすごい音がしてましたが……」
『あれはまぁ、気にするな。後で修斗が何とかしてくれる』
それが一体なんだったのかを訊ねたいのだが、話の文脈からするにあまり聞いてほしいけないのだろうか、と気を利かせて翔はそれ以上を尋ねようとはしなかった。
『ところで、桜花は元気かな?』
「……毎日元気ですよ。充さん達も元気そうですね」
『日々新鮮な毎日だよ。そろそろ桜花の誕生日が近づいているのは知っているかな?』
「勿論」
『それは結構。首尾は上々かね?』
「金策に手こずってますけど、何とかなりそうです」
修斗にアルバイトを認めてもらったので、何とかなりそうなのは本当だ。ただアルバイトの収入がどれだけのものかがイマイチよく分かっていない現状ではアルバイトの給料を頭数に入れるのはどうかとも思っているので微妙なところだ。
『私からも今月は多めに仕送りしてある。それを使ってキミの思う最高のプレゼントを桜花に送ってやって欲しい』
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
『そろそろ修斗が返せとうるさいので切るぞ?』
「はい。あの、また帰ってきてください。桜花が喜ぶので」
『必ず』
充はそれだけ言い残して通話を終えた。
最後の一言は蛇足だったかな、と翔は少しだけ考えを改めかけたが充の声色がとても嬉しそうで精力に満ち溢れていたものだったので、決して意味の無いものではなかったな、と思い直した。
修斗と充から金銭的な支援を得て生活をしている。いや、ここはさせてもらっていると言うべきか。
翔と桜花が不自由なく暮らせるように、親としての務めを果たしてもらっているのだ。
その二人に自分の考えている桜花への誕生日プレゼントさえも話せなかったことがどうにも悔しかった。
翔の頭の中では既に大体のプランが出来上がっている。桜花は今日も遅いらしく、帰ってこないので、翔はリビングに紙とペンを持ってきて、さらさらと案を書き始めた。
(大体ここの値段が……これぐらいなら、僕が必要なのは……これとあれは差し引いても……)
元は数学が得意なだけあって、数字計算はお手の物だ。
そこでふと、進路について思い立った。
自称進学校でマンモス校の翔の高校は一年生の時から進路についての相談が始まっている。翔は数学を活かして理系志望なのだが、それだけで理性に行くと言うのはなかなかに難しい選択なのではないか、と最近になって考えを改めるようになった。
桜花はどの教科もできるので、好きな方に行きなさいと先生からも言われているらしい。
それに羨ましいと思う。だが、羨ましがってばかりもいられない。
翔は最近になって、経済について興味が湧いてきたのだ。修斗や充が働いているのも大きく言ってしまえば金融に関係した仕事の営業である。
(金のことをよく知っておけば将来も困らないだろうし)
世の中を生き抜く術は金を多く得ることである。身も蓋もないが、それが事実だ。金がありものが買え、心に安らぎが与えられるからこそ、人は人として生きられるのだ。
その根本がなければ、人格は荒み、栄養のバランスが取れた食事も食べることは出来ない。
桜花を養うためにもそれだけは何としても避けなければならないことである。充からのビンタを喰らわないようにするためにもそれは絶対である。
翔は絶対に成功させるべく、その手をひたすらに動かして緻密なスケジュールを練り始めた。
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