第287話「帰ってこない」
それから時が経ち、一段と寒さが増したある日。翔は久々にカルマと放課後のティータイムと洒落こんでいた。
とはいえ、高校生男子の放課後なので、ティータイムとは名ばかりのジャンクフードを片手に談笑という随分と庶民的なものだ。
「はぁ?最近帰ってこない?」
しかし、今日の話題は談笑というには少し深刻であった。
カルマが素っ頓狂な声を上げ、ずずずと飲み物をすする。恐らくはコーラだったような気がする。
翔はそのカルマの言葉に重く頷いた。
「おいおい……。それは本当のことなのか?」
「帰ってこないというか……帰ってくる時間が遅すぎるんだ。最近は一緒に帰ってないし……」
「あの真面目な双葉さんがな……。流石に非行に走ってる、なんてことはないだろうけど」
まさかな、と肩を竦める翔だったが、そのことを考えていないわけではなかった。
桜花は翔、カルマ、蛍の中で比べてもダントツに真面目であり、時間に対しては特に厳しい。自分に厳しく他人にも多少は厳しくという信条を持ち、翔にも叱咤激励して、健康的な高校生活を送っている。
その桜花が何事もないのに、翔と一緒に帰ることなく、しかも帰りが高校生としてはぎりぎりの時間に帰ってくるのは翔としては心配である。
いや、あるいは。
翔が勝手に何事もないのだと思っているだけなのかもしれない。
「今日も遅いのか?」
「たぶんね。だからこうしてカルマとポテト片手に喋ってるんだけど」
「俺としては喜ばしいような喜ばしくないような……」
手を上げて万歳とは行けないらしい。桜花と翔の関係を好ましく思い背中を押したいと考えているカルマには複雑な心境だろう。
「仲直りは完璧にできたと思ってたのにな……」
「完璧って……。そこはあんまり勘違いしない方がいいぞ」
「え?どういうこと?」
「誰だって喧嘩をする。そして、謝って仲直りをする。けどな、そこに完璧はないんだよ。火種となって残り続けて、後に我慢出来ないことが再び起こった時、それが大爆発だ」
「……そ、そうなの?」
「あぁ。前だってな、蛍のプリンを勝手に食べたら怒られてさ」
「そりゃ当たり前だ」
「その時は同じもの買ってきて許してもらったのに、最近間違えてゼリー食べちゃった時には「前にも私の分食べてたでしょー!!」ってカンカン」
蛍のモノマネをして説明をするカルマに翔は苦笑した。内容は同棲カップル、または新婚カップルのそれである。
翔には桜花のものを食べてしまい怒られたということがないので、直接的な参考にはならなかったが、カルマの話を聞いているとあまり深刻に考えない方がいいのではないかという気もしてきた。
「双葉さんとは話せてるんだろ?なんて言ってんだ?」
「んー、確か「最近は帰りが遅くなるのでご飯は置いておきますから先に食べててください」って言われた」
「んで、優しい翔くんは、双葉さんの帰りをご丁寧も待ってあげている、と」
カルマがにやりとした顔を翔へと向ける。まったくの図星だったので翔はその恥じらいを誤魔化すようにずずずとジュースを啜る。
一緒に暮らしていて今まではずっと同じ時間に食べていたのだ。帰ってくるのならばそれまでは待っていたいというのは当然として出てくる気持ちだろう。
翔はしばらく沈黙の時間が過ぎてからこくりと頷いた。
「優しいこった」
「うるさい」
「まー何だ。そこまで気になるというのなら後をつけてみるか?」
「……蛍は何か言ってないか?」
「蛍?」
カルマは首を傾げて、何か一つ思う当たった節があるのかあっ、と顔を閃かせた。
翔はポテトを貪りながらカルマの話を聞く。
「当分は家が汚くなるから来ないでって言われたな」
「……はい?」
「いや、だからさ。家が汚くなる予定だから来ないでって」
「汚くなるって……予定されるものだったか?」
「そうみたいだな」
不可解である。ただ一つ分かるのは蛍はここ暫くはカルマを家に入れたくない、ということだ。
カルマがふむふむと何も分かっていないように頷きながら一言、更に呟いた。
「当分は忙しくなるからカルマくんにはあんまり構ってあげられないかも、とも言われた」
「……カップル危機では?」
「だよな。翔もそう思うよな」
酷く真面目な顔で同調を求め、翔の肩を揺さぶってくるカルマに翔はその手を強引に外して放った。
「何か心当たりでもあるのかよ」
「うんにゃ?まったくない」
「自信すごっ」
「まぁ、俺は俺だからな。自分で好ましく思っているところも醜いって思ってるところも全部、蛍に見せてきた。それで飽きられたらもう俺には何も無いからどうすることもできない」
「……まぁ、カルマと蛍のことだからあまりとやかくは言えないけど。お互いの意識のすれ違いでお別れとかには絶対にしないで欲しい。よく話し合ってくれ」
「ほいほい。りょーかいです。……それより翔」
「ん?」
カルマは蛍との話を半ば強引に終わらせた。特に負のことに関してはあまり自分の話をしたがらないのが人間の常であるため、それは仕方の無いことだったが、カルマも例に漏れずにそうであったことに翔は意外感を覚えた。
「双葉さんへの誕生日プレゼントはもう決めたのか?」
「……案はある。けど、お金が足りない」
「そう言うと思ったぜ。実はいい儲け話があってさ」
「うわっ、きな臭っ。……何その勧誘文言。犯罪臭がぷんぷんするんだけど」
「そ、そこまで拒絶するなって。俺が調子乗ったせいだから仕方ないにしてもさ。……バイトしないか?」
「バイト?」
翔にとって、桜花の誕生日プレゼントはもっとも豪勢なものにしたい。だがそれについては全くと言っていいほどお金が足りない。現実問題、世の中はお金なのだ。
翔は最近帰りが遅い桜花のことと、目の前にすっと差し出されたバイト先の名刺を考えながら、頭の中で天秤に量っていた。
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