第283話「酔った」


「そういえば、アメリカからお歳暮が届いていたのを忘れていました」

「お歳暮?父さん達が送ってくれてたの?」

「はい。中身は恐らくチョコレートだと思います」


 着物は動きにくいということで、帰って早々に脱ぎ、いつものラフな格好に着替えた翔と桜花は、リビングのテーブルで修斗から送られてきたらしいお歳暮を開けた。


 桜花が忘れる、というのは何とも珍しいな、と思いつつ特にそれ以外には気にする様子もなく翔は中身を閲覧した。


 桜花の言った通り、そこにはチョコレートが入っていた。冷蔵庫に入れていたようなので溶けてはおらず、包装紙が艶々である。


「桜花が冷蔵庫に入れてて忘れるというのも珍しいな」

「何か不安があって置いていたのかもしれません」

「でも、その何かが思い出せない、と」


 翔の問いに、桜花はこくりと頷いた。

 桜花が思い出せないことを翔が思い出せるはずもないので、同じようにして首を捻るしかない。


 丁度、人混みから帰ってきて甘いものが食べたかったということもあって、翔はチョコレートを一つつまみ、ぱくっと勢いよく食べた。


 過去の自分が何故置いたままにして忘れたのだろうか、ということをまだ不安材料にして考え込んでいる桜花は翔にまだ食べて欲しくなかったのか「あぁ」ともの寂しげな声を漏らす。


「甘いと思ったら案外ビターな味だな。……それになんか苦い」

「ビターな味なら苦いのは当たり前でしょうに」

「それはそうなんだけど……。何と言うか、チョコレートの苦さとはまた別な感じ」

「……私も食べてみます」


 翔の語彙力が皆無だったせいか、桜花に上手く伝わらなかった。そのせいで、桜花は自分もひとつ、食べてみることにしたようだ。


 桜花はぱくっと勢いよく食べ、しばらくしてからその端正な眉を不機嫌そうに八の字に下げた。


「確かに、チョコレートとはまた違う苦味がありますね」

「そうだろ?……でも、これ病みつきになるな」

「あまり食べては行けませんよ。鼻血がでます」

「それは迷信だってテレビで見た気がする……」


 ただ、やはりチョコレートを沢山食べるということは健康には良くないので、あまり食べないようにしなければならない。


 カカオから作られるチョコレートは砂糖をふんだんに使っている。それこそ、翔達が日々生成している以上の量がチョコレートには詰まっているのだ。


 そんなものを大量に体内に取り込めばどうなるか。それは想像しなくても分かることだろう。


 しかし、理屈ではわかっているとはいえ、欲求がそれを認めてはくれない。翔もそして桜花でさえもいつものチョコレートとは違うまた特殊な味に魅了されてどんどんと手が進む。


「このチョコレートは……美味しい……な」

「そうですね。……もうひとつ……いただきます」


 翔達はどこか、自分の意識が浮遊しているような状態であるのを朧気ながらに理解していた。

 しかし、その浮遊感はとても居心地がよく、気分も上がり、上機嫌になる。


「あれ?僕って……目は悪く……ないはずだったんだけど……なぁ」


 ごしごしと擦ってみても翔の視力はいつものに戻らない。ぼやけてははっきりしてを繰り返していく。


 そして、何だかどうしようもなく甘えたい気分になった翔は隣に座っていた桜花に抱きついた。


「どうしたの……ですか?」

「分かんないー。けど……好きだから」


 ここまで来てピンと来た人もそろそろでてきたのでは無いだろうか。


 桜花も翔程ではなかったが同じような気持ちに陥っており、翔を拒むことなく、それどころかぽんぽんと優しく背中を摩る。


 そう。二人は完全に酔ってしまっていたのだ。


 修斗が送ったのはただのチョコレートではなく、中に酒が入った本当の大人のチョコレートだったのだ。


 恐らく桜花はこのお歳暮を見た瞬間はそのことに気づいたはずだ。だから冷蔵庫に入れて、今の今まで忘れていたのだろう。

 翔の両親から送られてきたものであるために捨てるのは忍びない。そこで消費期限が切れるまでは、と思ったのであろう。


「桜花……好きだ」

「そんな耳元で……囁かないでください。……んっ」

「桜花は……僕のこと、好きか?」

「……好き、ですよ?」

「愛してる」

「ちょっ……こらっ……ダメっ!……んんっ」


 酔いが完全に回ってしまい、理性という足稼がなくなった翔はもう誰にも止められない。

 翔はぎゅっときつく一度抱き締めると、桜花と口付けを交わした。

 舌を甘噛みしたり、思い切り交わらせたり、と桜花の感覚を敏感にさせていく。


 そして、何を思ったか、翔は桜花の口から離れて首筋にキスをした。


 初めての感覚に桜花の肢体がびくりと跳ねる。

 腰がもう既に抜けそうになってしまっているのか、翔にぎゅっとしがみついた。


「……はぁっはぁっ。翔くん……少し落ち着いひゃうっ」

「もう……頭がおかしくなりそう。気持ちがふわふわして……ちゃんと考えられない」


 翔は首筋をキスするだけでは飽き足らず、そこを甘噛みした。

 甘美な感覚が桜花の中を駆け巡り、桜花はたまらずに声を漏らした。


 どきどき、と鼓動が激しくなる中に次はどうなってしまうのだろうという期待も少しだけあったのだろう。


「……触ってもいい?」

「ッ!……優しくお願いします」


 翔が熱に浮かされたようにとろんとした表情で桜花にせがむ。桜花はそれを一度の驚きと迷いを通り越してから、了承した。


 翔は優しく桜花の胸に手を当てた。

 いつもは胸や腕に感じていたものが、今は手の中にある。


 ふにっと揉んでみると「んんっ」と頭上から桜花の官能的な声が聞こえてくる。


「……ダメならどうにかして……止めて」

「んっ……あっ……そう言われても……んんっ!」


 翔は酔いが回り、いつの間にか眠るその寸前まで桜花と過激なスキンシップを繰り返した。


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