第282話「一礼」
翔達が到着する頃には予想よりも多くの人達がいた。
御籤を引いている人や神頼みをしている人を始め、もう終わったのなら帰りなよ……というようなウロウロしているだけの人もいた。
「手、離すなよ」
「絶対に離しません」
桜花の「絶対」という言葉に翔は少し気持ちが揺さぶられた。
翔達は出店などは後にして、先にお参りすることにした。
しかし、そうは言ってもやはり、参拝するためには人が並んでおり、翔達はその最後尾に並ぶ。
翔達は着物を着ているからか、とても注目を集めている。しかし、その視線は卑しいものではなく、単純に興味本位であるだろう。
翔も第三者から見て「あの彼氏なら納得だ」と言われるぐらいには見た目を整えてきているので「羨ましいぃいいッ!!」と恨めしい表情で見られることは無かった。
「桜花は何をお願いするつもりなんだ?」
「……それはいってもいいのでしょうか」
「あー。確か、言ってはいけない、みたいな話もあったか」
ここに来ておいておかしな話だが、翔は神様というものを信じていない。この正月に参拝するのもある種のイベントのようなものだと認識しており、あまり本気で頼み事をしたことは無い。
その一方で桜花は翔よりは信じているらしい。お願い事は他人に言わない方が叶う、というのは以前のテレビかなにかで聞いた情報だったような気がする。
「でも、翔くんになら言っても大丈夫だと思います」
「……その心は?」
「翔くんと私はずっと一緒なのでしょう?だったら願い事が叶う時もその場には翔くんが隣にいるはずなので」
「うん?……うん、そうだね」
「世界平和を」
「……規模が大きいね。ここの神様は無病息災と恋愛成就だったはずだけど」
「あとは学業成就もあります」
「何でもござれかよ」
とりあえず、あまり理解はできなかったが、こくこくと頷いておく。
そんなこんなで、順番がやってきて、翔達は充分にご縁がありますように、という意味を込めて語呂合わせで15円をお賽銭に投げ込んだ。
桜花は翔に言った通りに「世界平和」を願ったのであろうか。それはいくら何でも荷が重すぎるような気がする。桜花や翔だけでなく、大多数の人間の願いを神様は聞いているのだから、神様ももうそろそろ容量オーバーだろう。
翔は神様に願った訳では無いが桜花と付き合うことが出来たり、一緒に住むことが出来ていることについて感謝を伝えた。そして、今年は「桜花が健康で過ごせますように」と願った。
「翔くんは何を願ったのですか?」
「……健康を」
「それはいいことです。日々、健康でいることが大事です」
後ろがつっかえていたので足早にその場を立ち去り、翔達は御籤を引いていた。
がちゃがちゃとクジを振っていると桜花がそんなことを聞いてきた。
翔はまさか「桜花の」健康を願ったとはいえず、健康とだけぼそぼそと伝えると桜花は案の定、自分の健康を願ったのだと間違って理解したらしく、うんうんと頷いていた。
翔はどちらというと自分が熱で魘されるよりも、桜花が魘される方が耐えられない。熱に留まらず、怪我だったり病気だったり、全てにおいて翔は自分よりも桜花が傷つくことが耐えられない。
「さて、どうなるかなっ」
「私も行きますっ」
そうして、二人共が一本ずつ棒を出した。
結果は桜花が「大吉」で、翔は「中吉」だった。何と珍しいな、と翔は自分の事ながらしみじみとそう思った。
翔の不運ぶりは凄まじく、もしかしたら凶がでてしまうのではないか、と少しだけびくびくしていたのだが、中吉で一安心だった。
「大吉でした」
「僕は中吉だったよ。珍しい」
「本当ですね。今年はとてもいい年になるかもしれませんね」
「だといいな。……僕は括りつけて帰るけど、桜花はどうする?」
「そうですね……。折角なので持って帰ります。翔くんと始めてきた初詣での大吉ですからね」
嬉しそうにはにかむ桜花に翔はぐっと抱き締めたい感情が溢れ出てくるのを感じたが、どうにかして抑え込む。
「どんなことが書いてあった?」
「どれも「良い」と書かれてありました。特に恋愛に関しては「おめでとう」と書かれてありました」
それはどういう意味なのだろう。
もしそれを引いたのが桜花ではなく、更にお付き合いしている相手がいなかった場合、煽りにしか見えないのではないだろうか。
不思議なものもある事だな、と翔はそれ以上は考えないことにした。
「翔くんは何と書いてありましたか?」
「う〜ん……。交通が「背後に気をつけよ」ってさ。……狙われてる?」
「私が守りますから安心してください」
「ダメだ。それだと桜花が傷ついてしまうかもしれないだろ」
桜花はまさか翔に否定されるとは思ってもいなかったようで、驚いたようにぱちくりと瞬きをする。
「僕が傷つく分には構わないけど桜花が傷付くのは耐えられない」
「……翔くん」
「さっきだって、僕は桜花の健康をお願いしたんだ」
黙っていようとしたことが気持ちが溢れ出たおかげかぽろぽろと口をついてでた。
守ってくれる、というのはとても嬉しい言葉ではある。ではあるのだが、どうしても翔は守られるよりも守る方になりたいのだ。
「翔くん……。私は翔くんを守ってあげることは出来ないのですか?」
「……うっ」
そう問われると返しづらい。感情で言い放ってしまったので上手く言葉が纏まらないのだ。
「恋人でも夫婦でも二人は支え合って行くものです。翔くんのその思いは嬉しいですが、私も守られてばかりは嫌なんです。翔くんの支えになってあげたいし、守ってあげたいのです」
「桜花……」
「だからそのような事は言わないでください」
翔は自分の言葉が如何に自分勝手だったのかを悟った。だから、翔は桜花の言葉にこくりと頷き、
「ごめん。……ありがとう」
と少し涙目で返すしかできなかった。
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