第284話「謝罪の電話」


 スマートフォンが鳴っている音が聞こえる。翔は重い身体を何とか動かして自分の携帯を耳元に当てる。


「……もしもし」

『お、やっと繋がった。……国際電話にするとノイズが酷いな』

「父さんか……。どした?」


 重い瞼が段々と覚醒して視界がはっきりとしてくる。

 電話をかけてきたのは修斗だった。口では「どした?」と訊ねるが大方の理由は見当がつく。


 恐らくは新年の挨拶といったところだろう。時刻を見ても、わざわざ日本時間に合わせてくれるのは修斗らしい優しさだ。


 しかし、そこでふと気づく。


 自分はいつから眠っていたのだろうか。このような昼間に眠ることはほとんどないし、それ以前に初詣から帰ってきてからの記憶が全くない。その代わりに頭が痛むし、何となく身体もいつもの感じよりも重たい。


(桜花は……?)


 きょろきょろと辺りを見渡すと桜花は疲れたようにぐったりとした状態で眠っていた。

 その表情は恍惚に恥じらいがこもっているような変な顔で、頬に赤みが刺している。


『とりあえず、新年の挨拶を、と思ってな。あけましておめでとう』

「おめでとう。また今年も一年、よろしくお願いします」

『……?気の所為だったら悪いが、翔。体調悪いのか?』

「んー……確かに少し身体が重い」


 流石は父親だということだろうか。ノイズが酷い国際電話にも関わらず翔の状態異常に声質だけで気づいた。


『新年早々にはっちゃけたか?……まぁ、私達がいないから思うままにしてくれ、とは思うがほどほどにな』

「……余計なお世話だ。他に用がないならもう切るぞ」

『あ、待て待て。ひとつ、大事なことがある』

「大事なこと?」

『前にお歳暮を送ったんだが、あれ実は間違っててな』

「間違ってた?」


 翔はもう一度聞き返した。そして、目前に広がる修斗からのお歳暮だったと思われるチョコレートの包装紙の残骸を見ながら「食べちゃったぞ……」と小声で呟く。


 修斗はその小声を聞いた訳では無いだろうが、それに答えるようにして続けた。


『いや、まぁ食べてくれてもいいんだが、あのチョコレートは私と梓が食べるために少しアルコールを強めに入れてもらってるんだ』

「はい?アルコール?」

『そう、アルコール。……まさか食べたのか?』

「……記憶が無いのは酔ったからなのか?」


 まさか、とは思うものの、それ以外が思い浮かばない。

 アルコールが入ったチョコレートを未成年が食べても法には抵触しない。だからどんどん食べてもいい、という訳では無いが、その点については心配しなくていい。


『酔ったのか!そうかそうか、まだ翔には早かったようだな』

「そんな嬉しそうにするなよ」

『まぁ、梓を酔わせるためにウォッカとか入ってるからなぁ』


 聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

 翔は驚くと共に、ふとひとつの疑問を思い浮かべた。


 目の前の残骸を見て、これは翔一人が全て食べきったと考えるよりも、桜花も一緒に食べたという方がまだ納得できるだろう。

 つまりは桜花もこの年でウォッカを飲んだということになるのではないだろうか。


 初めての酒で少量とはいえウォッカを嗜むとは……。

 笑えない。


「……たぶん、桜花も食べたぞ」

『……は?』

「桜花もたぶん食べたよ。二人でほとんど全部一気に食べた」

『……なるほど、それで翔が二日酔いのような変な声になっているのか』

「……そうだね」

『愛娘になんて事を……!』

「いや、間違えた父さんのせいだからな?」

『介抱、任せたぞ。命にかえてもやり遂げて見せろ』

「……この親バカ。言われなくてもわかってるよ」


 翔に比べて桜花への心配が度をすぎているような気がするのだが、それは気の所為なのだろうか。


 修斗は「すまない。これから仕事でね」と足早にもう話すことはなさそうに電話を切った。


(逃げたな)


 翔はそう思った。

 知らず知らずのうちに食べてしまった翔も悪いかもしれないが、一番の原因を作ったのは修斗自身なのだ。


(とりあえず、ソファにもたれかかって眠ってたら身体を痛ませるかもしれないし……。ベッドにでも運ぶか)


 翔は自分の身体が重いことも気にすることなく、桜花をゆっくりと抱き上げて運ぶ。

 何度抱き上げても毎回驚かされるのはその軽さである。


 しっかり食べているのか、と疑うほどに軽い。

 食べているのかどうかは毎日一緒にいる翔がいちばんよく知っているのだが。


「翔……くん」

「ごめん、起こしたか」

「いえ……。身体が重いので……もう一度」

「うん、寝てな」


 うっすらと目を開けて翔を見つめる桜花は気だるそうに一言、二言話した後、もう一度瞳を閉じた。


 身体が重いのは翔も一緒なので、できれば一緒に眠ってしまいたい。


 翔は自分が記憶のない間に何をしていたのかは分からない。覚えていないので仕方がないのだが、教えてくれそうな桜花も今は眠っているので完全に回復した頃合いを見計らってきいてみよう。


 そう思っていた翔だったが、後に完全に回復した桜花からは「絶対に教えません。忘れているのならもうずっと忘れていてください」とツンとした反応をされてしまった。



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