第271話「一線越えない」
翔は桜花を運び、ベッドに横たわらせた。何となく前に一緒に寝たことのある両親の部屋へと運んだ。
翔は下ろしたあとも動けないままでいた。というのも、自分で渡した「いうことを何でも聞く券」の効果によるものだ。
桜花は翔も同じように寝かせて、翔の片方の腕を広げさせた。そして、その上に頭を乗せる。
翔が何かを言おうとすると、その唇にすっと人差し指を押し当ててくるため、翔がずっと黙ったまま桜花が満足するのを待った。
しばらく桜花は翔が動けない、動かないのをいいことに翔の腕を痺れさせようと躍起になったり、頬をつねったりつついたりして遊んでいたのだが、眠たくなってきたようで、だんだんと瞼が降りてきてしまっていた。
ついに観念した桜花は翔の胸に額を押し付けるようにしてすぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。
そして、何度か寝返りをして今に到る。
(……全く寝られない)
当の翔はというと。何も言わずに桜花がしたいことをされて、翔も気分が上がってきたところで桜花は勝手に眠ってしまったのだ。この溢れ出したアドレナリンはどう処理しろというのだろうか。
翔はこっそりと電気を消した。真っ暗ではないと寝られない、という質ではないが、少しでも眠たくするためには辺りを暗くすればいいだろう、という翔の浅い考えの結果だ。
腕はもう痺れてしまっているのか、それとも日頃からこっそり筋肉トレーニングをしているおかげなのか、特に痛みは感じられない。
それどころか、自分とは違うリズムの拍動が伝わってくる。
(クリスマスに一緒に寝たってカルマにいったら……絶対に誤解されるな)
カルマなら誤解するに違いないと断言出来る。挙句の果てには「使ったのか?アレ」などと興味津々に訊ねて来るような気がする。
正直、翔にとってはこの状況で充分にいっぱいいっぱいなのだ。桜花が近くで寝ているというだけで、どうしようもなく心が弾み、気持ちが浮つき、平常心を保てなくなるのだ。
さらに今は桜花に上げられて放置プレイされている翔の気持ちも重なる。
(今日はクリスマスだし……。世の中のカップルが二人で過ごす夜って噂だし……。最近抱きしめてないような気がするし)
クリスマスという時期が翔をそうさせたのだろう。翔は桜花を起こさないように最新の注意を払いながら、桜花にそっと抱きついた。
寝返りを打っていたので、桜花を背中から抱きしめた形だ。
(女の子って……こんなにも柔らかいんだ)
何度も抱き締めたことのある桜花の身体であるが、未だに慣れない。
翔そこで、掌に返ってくる感触が妙に柔らかいことに気づいた。柔らかいと言ってもここまで柔らかい部分など男性の身体にはない。
(……まさか)
翔がぎょっとして、離そうとした瞬間に「ん……」と桜花が寝言を漏らす。起きたのか、と焦燥感に駆られるがその後に桜花が起きる気配はなかった。
(これは犯罪なのではないだろうか。僕はもしかしたら捕まるのでは?)
翔は幸運な事故に出逢い、翔の冷静な部分がそれを冷静に分析する。
しかしながら、手を全く離そうとしないところは流石男の子と言ったところだろうか。
小学生、中学生の修学旅行や、両親との旅行の際のバスや車移動の際に、窓を開けて手を出し「擬似の胸の感触」と遊んでいた頃が懐かしい。
しかし実際に触れて思うことは、あんなものは比べ物にならないということだ。
只管に柔らかく、沈み込んでしまいそうである。
少しでも力を入れると深みにはまるのは間違いないだろうと半ば確信していたので、それだけは何とか回避をして、何とかこの手を離そうと画策していたのだが。
「んっ……んぁ……。……?!」
「……」
翔は咄嗟に寝たフリをした。
胸中は荒れに荒れながらも平生とした雰囲気を装った。
(やばいやばい!!これは起きた。確実に桜花が起きた!!現行犯で捕まっちゃう!!ごめん!わざとじゃなかったんだよぉ!!)
「翔くん……?起きてますか」
「……」
「流石にもう眠ってしまっていますよね。……この状況は無意識なのでしょうか」
(あまり動かないでいただけると助かるなぁ。ちょっと……待ッ?!)
「……翔くんは一体、どのような夢を見ているのでしょうか」
(夢のひとつも見てません。夜に男子してました)
「えっちですね……もう」
桜花は自分の胸に当たっている翔の手をゆっくりと起こさないように取り払い、くるりと翔の方へと向き直る。
「寝ています……よね?」
(ごめんなさい、起きてる)
桜花はとろんと、微睡んだ瞳で翔を見つめ、眠っていると思っている翔の頬を指の腹でそっとなぞる。
「私は翔くんの全てが好きです。どうしようもなく好きです。……だから少し強引ですけど、一緒に寝られて凄く嬉しいです」
僕も、と翔は声を大にして返したかった。
「翔くんが蒼羽くんと話していることは知っています。無意識で私の胸を触るぐらいなのですからその意識は相当なもののはずです」
(……急に恥ずかしいんだけど。性癖の話が桜花に筒抜けだったってこと?)
「ですが……まだ少し怖いです。もう少しだけ待っててください」
(桜花……)
「私は翔くんを愛しています」
その囁き声の後、唇に柔らかいものが触れた。桜花がキスをしたのだろう。
翔は何とか反応を押し殺して寝ている振りを続けた。ほとんど我慢できておらず、もしも電気がついていれば顔の赤みでバレてしまっていたかもしれない。
クリスマスにカップルがするのは何も行為だけでは無いのだ。
翔はそう学んだ。そして、桜花が吐露してくれた桜花の気持ちを知ってとても幸福な気持ちに包まれた。
「……桜花……好き」
「私もです」
寝言に聞こえるように返すと桜花はふふっと笑いもう一度、翔の唇にキスをして今度こそ二人とも眠った。
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