第272話「好き」


「外出しなくて本当に良かったのか?」

「寒いところにわざわざ行きたくないですよ」

「それはそうだけど。クリスマスの特別なイルミネーションとか、見に行かなくてよかったのか?」

「……それには少し気を惹かれますけど、翔くんとまったりしたい気分なので」

「そうか」


 翔はそれ以上は何も言わなかった。


 朝、特に気まずくなることも無く起床した翔と桜花は自由気ままな時間を共有していた。

 翔の心の中ではパニックに陥っており、夜の間に起こったあれやこれやについて追求やかま掛けなどが来るのではないかと身構えていたのだが、それは全く来る気配がない。


 その気持ちを発散させることも兼ねて「どこかに行かないか」と訊ねたものの、あまりいい返事は貰えなかった。


「まぁ、クリスマスパーティは騒がしかったからな。久しぶりにゆっくりするのもいいか」

「そうですよ。幸いにしてクリスマスの今日に学校はありませんし」


 クリスマスは日本の学校で休みになるような祝日には数えられていない。地方では終業式となる中学校が多いらしいが、翔達は高校生なのでもう終わっている。


「小学生や中学生の時はクリスマスプレゼントを言い合ってたなぁ」

「ふふっ。翔くんが嬉々として話している姿が想像できます」

「サンタから貰ったって言わないとプレゼントが没収されかけてた」

「サンタさんから、ですか」

「うん」


 翔は早々とサンタという存在が架空であることを知っていた。というのも、修斗が梓にがみがみと言われながら、翔がサンタさんに頼んでいた物を買っていたのを見てしまったのだ。

 それを桜花に話すと桜花は苦笑いをしていた。


「でも、サンタさんはいたでしょう?」


 その言葉に翔ははっとした。思い出すのは昨日の桜花の姿。超ミニスカートの赤白で妖艶に微笑む桜花の姿は脳内に鮮明に焼き付いてなかなか離れていかない。


「とても美しいサンタだったよ」

「そうでしょう」

「大人びてて、綺麗で、プレゼントをくれるはずなのに、僕の心はすっかり奪われてしまったよ」

「……翔くん、もういいですよ。それ以上は……!!」


 翔が率直に、真っ直ぐな視線で桜花へと伝えると桜花はさっと頬を朱に染め、ぷるぷると身体を震わせた。


「桜花は信じてた?」

「そうですねぇ……」


 桜花はしばらく考え込んだ後、口を開いた。そこまで難しいことをきいたつもりはなかったのだが、何か思い出を振り返っていたのかもしれない。


「信じていましたよ。少なくとも幼稚園に上がる前までは」

「案外早かったんだな」

「私の場合はプレゼントなどなかったものですから……」

「……ごめん、あまり思い出したくなかった思い出を」

「いえ。これも大事な思い出です」


 桜花はきっぱりと言い切った。

 その声色に翔は自分の発した言葉を後悔した。

 思い出が辛いかどうかなど、決めるのはそれを経験した本人だけだ。


「私は今の私を作ってくれている思い出や経験を卑下するようなことはしたくありません」

「だよな、ごめん」

「いいえ、いいんですよ。でも、翔くんも翔くんの思い出に対して卑下するようなことはしないでくださいね?」


 桜花の言葉に翔は素直に頷いた。翔のこれまで過ごしてきた生活の思い出は確かに誰にも卑下されたくないし、自分でも卑下したくはない。

 むしろ誇らしく胸を張っていたい。


「今年ももう終わるな……」

「突然ですね」

「思い出を振り返ってたらふと」

「そうですね、この1年はとても濃い一年でした」

「そう?」

「ええ。幼少期の頃の思い出はもう忘れてしまっていた幼馴染の家に住むことになり、沢山の楽しい思い出を作ってもらいました」

「……桜花が全部覚えてるのが変なんだよ」

「楽しかった思い出ですからね。……それに、私に初めての彼氏が出来ましたし……」


 ほんのりと桜花が頬を染め、それにすっかり当てられた翔が恥ずかしげに俯いた。


「僕も、初めて彼女ができたよ」

「私でよかったのでしょうか。翔くんなら、もっと……」


 桜花はいつかの翔のようなことをいう。

 何が桜花を悲観的にさせているのかは分からないが、桜花ほどの美少女が自分を落としていう姿はあまり見たくなかった。


 翔は桜花がいい。


 それは何にも変え難い翔の本音だった。


「僕には桜花以外ありえないよ。毎日好きすぎてどうにかなってしまいそうなぐらい」

「……それは言い過ぎです」

「言い過ぎなんかじゃない。僕は桜花が一番好きだ。それは絶対に変わらない」


 少し恥ずかしいことを堂々と言いきった。翔は男らしいところを見せたと言えるだろう。


 桜花は小さく微笑み、翔の頭を撫でた。


「ありがとうございます」

「……なんで撫でられてるの?」

「どうしてでしょうね。翔くんが可愛らしいと思ってしまったからでしょうか」

「……かわいくはないから」


 翔は口調だけは嫌そうにしていたが、撫でられるのはそのままにした。


「桜花」

「はい?」

「やっぱり外に出ないか?桜花と夜のお散歩をしてみたい」

「……手を繋いでくれますか?」

「勿論」


 着替えてきます、と桜花は自分の部屋に戻っていった。

 翔ももう少し暖かい格好で外に出ようかな、と自室に上着を取りに行った。



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