第270話「特別なクリスマスプレゼント」
「何だかいい匂いがするなぁ」
「気が付きましたか。早速使わせていただきました。高価なものだからかいつもよりも肌艶が良いような気がします。……ところで、翔くんが手に持っているそれは何ですか?」
お風呂上がりにほんのり甘い匂いが立ち込めてきたので訊ねてみれば、やはり桜花が原因だった。
早速、蛍から貰ったボディソープを使ったらしい。一瞬、本当に悩殺されてしまいそうになったが、桜花は翔が手に持つ何かに気が向いたらしく、すぐにその雰囲気は霧散した。
「これはプレゼントだよ」
「プレゼントですか。……誰から貰ったのですか?」
「いやいや、僕が人にあげるために買ったんだよ」
「……翔くんが……クリスマスに……プレゼント……?」
何やらブツブツと呟いているが翔はあえて気にしないことにした。
しかし、桜花はそうはいかなかったようで、翔に、
「まさか……浮気ですか?」
と、追求してきた。
一体どの思考回路を巡ればその結末に至るのかは気になるところだが、すぐに否定しなければ肯定と取られてしまうし、何故か桜花が涙目なのも心をぎゅっと締め付けてくる。
「僕が浮気をするわけがないだろ?……そもそも浮気相手がいないよ」
「では一体誰に」
「桜花に」
「……はい?」
「さっきの交換はあくまで友達同士での交換だから。まぁ、僕は交換してないんだけど……。それは置いといて、これは彼氏から彼女へと贈るプレゼントだよ」
「開けてもいいですか?」
翔は視線で「どうぞ」と返す。
少々キザったらしくなってしまったが、翔が桜花に贈り物をしたいと思ったのは事実であるし、クリスマスパーティでのプレゼント交換はあくまで友達同士だと分別していた。
桜花は破らないように丁寧に包みを剥がし「わぁ」と感嘆の声をあげた。
「ネックレス、ですか?」
「派手派手しいものはあまり好まないだろうと思って主張は小さいけど存在感はあるようなものを選んだつもりだ」
「とても嬉しいです。ありがとうございます」
桜花はネックレスを手に乗せてまじまじと見た。月の形をしていて、その月は心做しか淡い赤色に染まっているように見える。
それは間違いではない。翔はピンクゴールドと呼ばれる種類のネックレスを買っていたからだ。
「付けてくれませんか?」
桜花がふと、そんなことを言った。別に手先は器用な方なので付けるのには何の抵抗もないのだが、
「お風呂上がりだけどいいのか?」
と水を差さずにはいられなかった。
桜花は「構いません」と一言いって、翔にネックレスを渡し、髪の毛を持ち上げた。
白いうなじが顕になりごくりと生唾を吞み込む。妙な緊張感がそこにはあった。
翔がゆっくりと桜花に近づき、桜花の首周りで腕を回す。微かだった匂いが強くなり、翔の鼻腔をくすぐる。
これは抱きつかれでもしたら悩殺不可避だな、と冷静な部分が自己分析していた。
どくどくと何故かうるさい心臓を落ち着けながらネックレスをつける。
「んっ……こしょばいです」
「ごめん、気をつける」
うなじに指が当たってしまったようだ。桜花は首が敏感らしく少し触れただけでこしょばゆいと感じるらしい。
新しい発見をしつつもネックレスをつけ終わると、翔は二、三歩引いた。
想像で選んだだけだったので似合っているかは実は少しだけ不安だったのだが、それは全くの杞憂だったようだ。
「どうですか?」
「よく似合ってるよ。ワンポイントになっててとても綺麗だ」
「嬉しいです」
桜花が嬉しそうにくるりと回る。その時にふと翔が用意していたもうひとつのプレゼントを見つけた。
「これは……「いうことを何でも聞く券」?」
「ネックレスだけじゃちょっと足りないかな、と思って」
「それでこれですか……?」
丹精込めて作ったはいいが、やはり手作り。微妙に形がおかしかったり、字の大きさがばらばらだったりと差はあるがその券が五枚ある。
「効果はその名前の通り、僕に何でも言う事を聞かせることが出来るよ」
「そうですね……。では早速一枚目を使ってもいいですか?」
「何なりと」
「寝る場所はどこでもいいので、これから私と一緒に寝てください」
「うん、分かった。それぐらいはお安い御用だ……って、え?」
ぱちくりと瞬きをする。
しかし、何も変わらない。
「ではもうひとつ」
桜花はそう言って、黒の剣士もびっくりの速度で翔との距離を詰めた。そして、そっと耳元で囁いた。
「私をベッドに運んでください。その後に……私に悩殺されてください」
「……わ、分かった」
クリスマスのマジックなのだろうか。桜花がまさかここまでぐいぐいくるようなタイプだとは思ってもいなかった。嫌だという訳では無いが意外だ、という気持ちが強く現れる。
性夜のクリスマスはまだ終わらない。誤字ではない。
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