第246話「さっぱり」


(やっぱり寝たか)


 翔はタオルを片手に桜花の様子を見に来た。出来るだけ急いだのだが、やはり眠ってしまったようだ。

 翔は確認だけすると、また脱衣所に引っ込んだ。寝間着は着ていたが、身体を拭いたタオルを洗濯機に入れておく。

 今日はこれ以上の洗い物はでない算段なので洗濯機の電源を入れて夜中に仕事をしてもらうように設定する。


 まるで主婦みたいであったが、これが翔と桜花のいつも通りである。その役割は入る順番によって変わる。後に入った方が洗濯機の準備をするという取り決めだ。


 あまり音を出さないように設計されているものを購入した、と梓が自慢気に語っていたのを思い出す。


「やれやれ……。よく硬いところで寝られるよな」


 翔はぼそりと呟いた。桜花の身体は頑丈らしい。岩のように、というわけではなく、適応能力が高いのだろう。

 恐らく、深夜バスに乗っていても平気なのではないだろうか。翔は逆に柔な身体なので足腰を痛めるに違いなかった。


「翔くん……運んで……ください」

「起きてるのか……?寝てるのか……?」


 恐らくは狭間にいるのだろう。夢見心地で現実のことも朧気ながらに認識しているようだ。


「じゃあ、持ち上げるぞ。よっこいせ」


 翔は要望に応えるようにして、桜花を持ち上げた。桜花は身体を全て翔に預けていて、持ち上げると翔の方へと体重を預けてくる。


 重くはなく、むしろ軽い程だった。

 何度も持ち上げた気がするが、冷えピタとスポーツ飲料のおかげか少しだけマシになっているような気がした。


 翔はそのまま階段を上る。

 翔の身体の幅と比べて桜花は横抱きにしているので広くなっている。しかし、家の階段の幅は一人分が限界なので、そこは留意しながら進んでいく。


 翔の部屋を越えて、目指すのは桜花の部屋。まさかこのような形でお披露目になるとは思いもよらなかったが、それと同時に楽しみにしていたものがついにお披露目されるというわくわく感も同時に抱いていた。


 思えば梓が元は物置部屋であったこの部屋を必死に片していたなぁ、と感慨深くなる。あれから必要なものは買い足しに行ったがそれがどのような形で生かされているのかは分からないし、そもそももう何を買ったかも覚えていなかった。


「失礼します」

「……どうぞ」


 桜花の上の空の声を聞きながら部屋に入る。その瞬間に視界に飛び込んできたのは整理された綺麗な風景だった。

 白と淡いピンク色で纏められており、これが物置部屋だったなんて信じられない。


 あまり、人の部屋をまじまじとみるものではない、という良識は翔もしっかりと持ち合わせていたので、そこそこにして切り上げて、ベッドまで運ぶ。


 翔は器用に掛け布団を一旦除けて桜花を寝かせた。


「冷たい……」

「まぁ、すぐ慣れるよ」

「水分を……ください」

「ん」


 翔は臀のポケットに挟んでおいたスポーツ飲料を取り出してキャップを開く。そして、上半身を起こした桜花の背中を片手で支えながら、飲ませてやる。


 要介護人のようであったが、このような可愛らしい要介護人なら誰しもが喜んで介護しそうである。


「ありがとう……ございます」

「うん、これぐらいどうってことないよ。それより調子はどう?」

「頭痛と喉も少々……」

「今日のところは寝るしかないな。明日になってまだ続くようだったら病院に行こうか」

「点滴が嫌なので……病院に行きたくはありません」


 高温の風邪が長期間続く場合は点滴が適用されることもあるらしいが桜花は点滴の注射されるという行為が嫌らしい。


 翔は勝手なイメージとしてそういうことも平然とした顔で腕を出していると思っていたために驚いていた。


「僕は隣で寝てるから何かあれば携帯で呼……」

「待って……ください」


 兎も角も横になって身体を休めなければ話にならないと思い立ち、翔が桜花から離れようとすると布団から伸びた桜花の手が翔の裾を掴んでいた。


「一緒に……居てください」

「……寂しいのか」

「何だか一人でいると……怖いので」

「……はぁ。寝るまでな」


 こうやって呼び止められるのを待っていなかったこともない。だが、いざ実際にされてみるとどきどきが止まらない。掴まれた裾は離されることなくぐいぐいと引っ張られる。


 翔はベッドに背中を預けるようにして座った。桜花が寝るまでなのだから座っていればいいだろうと思ったのだ。


「手を握ってもいいですか?」

「桜花の満足するようにしてくれ」


 そう言って右手を差し出すと桜花はその翔の手を枕元に持っていった。そして枕の上の桜花の手と頬の間に翔の手を挟む。


 さらに満足気にすりすりと頬を擦りつけてくる。


(ちょっ?!……桜花)


 翔の語彙力が皆無の内心を訳すと「破壊力が抜群」だった。



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