第247話「寝られない」
(寝られない……。ついでに言うと、離れられない)
翔はぱっちりと目覚めてしまった己の瞳が何とか眠気に負けないものか、とじっと待っていた。
桜花が本格的な眠りに入ったのを確認したのはもう随分と前のような気がする。桜花が眠りに落ちたのを見て翔はそっと右手を抜こうとしたのだが、がっちりと桜花に阻まれて抜けなくなっていた。翔が変な体勢で腕を貸していたので痺れていた、というのも勿論あったのだが、それにしても抜けなかった。
あまり大袈裟に動き回ると起こしてしまうかもしれないし、何かを壊してしまいかねない。翔は務めて静かに自分の腕を抜こうと頑張った。
それが二時間前のことである。
二時間もの間悪戦苦闘をしていたのかと思うと驚きを隠せないが、それ以外にすることがなかったのだ。
(……いや、違うな)
翔はふと思った。
今の桜花が寝ている状態で、しかも身動きが取れないのなら部屋を少々不躾な視線で見ても許されるのではないか、と。
翔はあまり見ないようにしていた桜花の部屋を今度はマジマジと見た。暗闇で見にくいとはいえ、こちらは二時間も暗闇の中で悪戦苦闘をしたのだ。瞳孔はすっかり開いてしまっていて、暗闇でも大体の位置はわかる。
性能の悪い暗視ゴーグルをつけているようなものだ。
(見られて困るものなんかなさそうだけど)
翔の座っている位置からすると、特に気になるようなものはなかった。クローゼットの中やベッドの下、机の引き出しの中にはマル秘の何かがあるのかもしれない。
翔はやや良心と好奇心に挟まれたがやはりここは好奇心を優先したい。
翔は桜花に取られている手ではない方の手でベッドの下を探す。
世の中の高校生男子の部屋のようにベッドの下に「Under18」のご禁制の本があることはなかったが、ことん、と何かに当たった。
一瞬だけ「まさか」とぎょっとするも、そっと引き出してみるとそれは一冊のノートのようだった。
(ノートか……。学校で使うノートなのか?いや、それはおかしい。桜花なら机かカバンの中にしまっているはず)
中身を見れば一目瞭然なのは分かっていたが、どうしても躊躇してしまう。桜花の性格をよくわかっているからこその推理を立てた翔はならこれは一体何なのだろう、と悩む。
どうしても分からなかったので、一ページだけ捲ってみた。
(……うん、見えないな)
見えなかった。
暗闇に慣れているとはいえ、人間の目はそれほどまでに万能ではない。ましてやシャーペンか鉛筆で書かれているはずなのでより見えにくいはずだ。
翔はそれでも諦めることなくノートを顔に触れるギリギリまで寄せて中身を確認しようとした。
きっと桜花が見たら赤面してぽこぽこと翔を叩いたに違いない。
しかし、やはり見えない翔はやがて諦めて元の場所へともどした。
(視力下がったかな……)
視力検査とはこういうものでは無い。
実は、翔が必死に見ようとしていたのは桜花の日記だった。この家に住むようになってからの日々の生活の記録を綴ったものである。それ故に翔が手に取ったものばかりではなく、もう少し奥の方まで手を伸ばせばあと二冊ほどはvol.2や、vol.3と続きがあった。
中身はその日々の体験を元に桜花が感じたことや思いを赤裸々に語っており、もし通常の状態で翔に見られていたら赤面どころではすまなかっただろう。一種の黒歴史である。
しかし、それはまた翔も同じことであった。翔のことについても事細やかに書かれており、付き合う前、強いては翔が忘れてしまっていた幼少期の頃からの比較までご丁寧に書かれてある。
翔も桜花も九死に一生を得たのだ。
(……綺麗な顔立ちだよな)
翔は温かい桜花の頬にすりすりと自分の手を動かす。
小さな頃からすぐ近くにいたのかと改めて考えると不思議な運命を感じる。事実、その運命は形となりただの幼馴染ではなく、恋人の関係になった訳だが。
(まじまじと寝顔を見るのは……なんだか新鮮だなぁ)
桜花は平日では翔を起こしに来るので、翔の寝顔は嫌という程見ているだろうが、反対に翔はこうして桜花の寝ている顔を見るのは新鮮だった。何度も見ていたの見ていたのだが、その時は翔自身も寝かけていたからノーカウントである。
「翔……くん」
(?!)
急に名前を呼ばれでどきっと鼓動と身体が跳ねた。だが、呼ばれただけでその次の言葉が飛んでこない。
恐らくは寝言なのだろう。
翔はその事に安堵しつつ、同時にむず痒い気持ちになった。
「おやすみ」
翔はもう一度、桜花の掛け布団をしっかりと首まで掛けてやった。
その時に、軽く桜花の唇に自分の唇を合わせた。
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