第243話「身体」
頭は洗い終えた。しかし、人間が洗うのは頭だけではない。身体も当然洗う。
だが、桜花はタオルを身につけており、洗うことは困難であった。
「また後日にしましょうか」
「耐えられるのか?」
「耐えられるか、耐えられないかと言われれば耐えられません」
「桜花が自力で洗えるのなら構わないけど」
「洗えないことも無いでしょうが……」
万が一、ふらっと来てしまった時に介抱してくれる人がいなければ簡単に命の危険に陥ってしまう。
翔は悩みに悩んで、一つの代替案を提示した。
「背中だけは洗うよ。あとは……後ろ向いてるから何かあったら言って」
「それなら私ひとりで背中も洗えますけど……」
「それは……それだよ」
「……どれですか?」
翔だって手伝いたいのである。別に桜花の肌に触れたいだとか、背中を流すという体で、何かをしようという訳では無い。決して。まったく。
桜花は難色を示しながらも改めて断ろうとはしなかった。翔の意図をうっすらと察したのかもしれないし、その会話を意味の無いもの、と判断したのかもしれなかったが、兎も角も翔は無事、桜花の背中を流すことになった。
「……結局、タオルを外すのですね。絶対に見ないでくださいよ」
「……見ないよ」
「何ですか、その間は」
前にも見たことあるのに、と少し思ってしまったので反応が遅れた。
しかし、前の時とは大きく状況が異なっていることを忘れてはならない。
まず、大前提に翔は服を着ていて、桜花は着ていない。
それに、桜花は軽くではあるが発熱をしていてしっかりとした理性が保てていない。
翔がどれだけ抑えられるかに全てがかかっている。
桜花はそんな翔の悶々を他所に桜花はぱっとタオルを剥ぎ浴槽の端に掛けた。
真っ白な肌に翔は目を奪われた。
何度か見ているはずなのにそれを諸共せず、毎度、翔の心を奪ってくる。
「前には来ないでくださいよ」
「行かないよ。と、取り敢えず後ろ向いてるから」
「急いで洗います」
そこまで急ぐことは無い。いやむしろゆっくり洗っていただいて結構なのだが、と思ったが何も言わなかった。
翔も自分だけが全裸でいたら恥ずかしくて仕方がないだろう。それも同性ではなく異性ならば尚更だ。
それを強いてしまった翔は申し訳ない、と思う。
「翔くん」
「どした?」
「恥ずかしいので何か話してください。それが無理なら何か歌ってください」
「え、急に?」
急に振られて話すことが出来るのはクラスで陽と呼ばれる人達のことで、翔には当てはまらない。
かといって、歌を歌うのは話をするよりもハードルが高い。
「洗っている音を聞かれているような気がして……」
「ま、まぁ気になるよね」
「だからお願いします」
「何か話せること……」
翔は脳を捻って考えた。
だがこういう時に限って思い浮かべるのは桜花には話せないような話ばかり。
「あ、11月は結構たくさん○○の日があるらしいよ」
「○○の日?11月11日はポッキーの日、という具合にですか?」
「そうそう11月8日は……」
危ない。地雷を踏み抜きかけた。
翔はぐっと我慢した。翔が自分で褒めてもいいと思えるほどにぐっと我慢した。
何故、8日を選んだのかは分からない。翔の頭の中はやはり、男の子であり男子高校生らしい。
因みに、ここまででも分からない人のためにすべてを包み隠さず打ち明けると、11月8日は「いいおっぱいの日」である。
今の状況でそんな話題を降ってしまえば彼氏生命どころか人間生命を終わらせなければならなくなるかもしれない。
「8日は何ですか?」
「……ん?あれー、忘れちゃったなぁ」
「……とても嘘っぽいですが、残念です。他に覚えている日にちはありますか?」
「7日は『いいお腹の日』らしい」
「お腹ですか?」
「そこに深い理由を訊かれても困るからね?」
「……そうですか。お腹を見せる日なのでしょうか」
「うーん、そういう絵はいっぱい流れたけど」
「翔くんは私のお腹と絵のお腹ならどちらがいいですか?」
「え……。え?」
聞こえなかった。耳に届かなかった訳ではなく、脳に届かなかった。
見たいといえば見せてくれるのだろうか。ここでもし、絵を選ぶとどうなってしまうのだろうか。
など、疑問が沢山思い浮かぶが、きけない。
「……背中洗うよ」
「どっちなのですか」
「そ、想像に任せる」
「翔くんはヘタレですね」
翔は逃げた。
桜花はくすくすと楽しそうに笑っていた。
翔は色々と恥ずかしくなって少し力んでごしごしと背中を洗った。
「んっ……。もう少しゆっくり……」
「あ、ごめん」
「あと、あまり手が触れないようにしてください。……その、ドキッとするので」
「う、うん」
ドキッとしたのは翔の方だった。
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