第244話「風呂上がり」


 身体も洗い終えた翔は少々乱雑ではあったものの、桜花の頭を拭いた。そして、桜花が自分で身体を拭いて服を着たところで翔は桜花をリビングへと運んだ。


 ほかほかのじゃがいものように湯気を出している桜花は翔に抱かれて移動しているからか気持ちよさそうに目を細めていた。

 本当ならばここでドライヤーをかけるのが桜花のいつもなのだが、翔がするのは酷というものだ。


 リビングのソファにゆっくりと降ろした。人肌よりは固く、冷たいソファに降ろされた桜花はそれを感じ取ったのかうっすらと瞼を開き、翔と視線が交差する。


 身体から湯気を出し、何かをせがむように翔を見つめてくるので翔は何だか行けないようなことをしている気になってしまった。


 その思いを振り払うように翔はごそごそと体温計を探す。今すぐに必要という訳では無いが、身体が冷めた時には必要になるので前もって準備しておく。


 後は水分補給も忘れない。


 風邪の時には兎に角、水分が必要となる。翔は梓に大量の水を飲まされたことを思い出しながらコップに水を注いだ。


 スポーツ飲料の方がいいかもしれなかったが、今すぐに用意できるのは水道水だけだった。


「ここに置いとくから飲んどけ」

「あ、ありがとうございます」

「気分はどうだ?」

「……髪を乾かしたいです」

「座れるならドライヤー持ってこようか?」

「翔くんにお願いしたいのですが……してくれませんか?」

「え、僕がするの?」

「ダメですか?」

「ダメというわけじゃないけど……。手慣れてないし、下手にすると傷みそうで怖い」

「大丈夫です」


 何を持って大丈夫なのかは分からなかったが、その確固たる強い意志に押されて翔は渋々、ドライヤーを持ってくる。

 翔が訊ねたのは気分についての事だったのだが、それはもういいだろう。


「一応、櫛も持ってきた」

「ありがとうございます」


 翔はコンセントに刺して使えるようにした。桜花の隣に座ると桜花は身体を重そうに上げて翔の股の間にちょこんと座った。


 上半身が微妙にふらふらと動いている。だいぶ辛そうであった。


「この体勢で行うのか」

「翔くんの上に乗ると、しにくいかと思いまして」

「うん、いやまぁそうだけど」

「どうかしましたか?」

「いえ、何でも」


 翔はこの際、羞恥心を捨てようと思った。桜花が熱のせいなのか微妙に羞恥心をなくしている。それに振り回されないためには羞恥心を捨てるのが一番早い。


 翔はドライヤーの温かい風というボタンを押して桜花の髪に当てる。

 初めてなのだが桜花が何も誘導してくれないので自力で頑張るしかないのだ。


 翔は自分の髪にドライヤーなどかけないので、本当に未知の世界である。


「人にしてもらうというのは自分でするのとはまた違いますね」

「上手く出来ていればいいんだけど」

「上手ですよ。満遍なく乾かしてくれれば」

「了解」


 翔は桜花の要求に答えようと色々な部分にドライヤーを当てていく。櫛で当たっていない部分を露出させたり髪を梳かしたりしてやる。


「翔くんも後でお風呂に入ってください」


 黙々と作業をしているとその沈黙に耐えきれなくなったのか桜花がふとそんなことを言ってきた。


「僕は暇を見つけて入るよ。それより、スポーツ飲料を買ってこようか?水だと飲みにくいでしょ?」

「家にないのなら構いませんよ。もう時間も遅いですし」

「遅くても利用できるのがコンビニの利点だぞ」

「……翔くんは働きすぎだと思います。私が望んだものもありますけど」

「好きでやってるから気にするな」


 それに、いつも勉強という面で助けて貰っているのだからこういう時にはしっかりとその恩を返していきたい。


「乾かし終わったら体温を計って」

「熱があればどうしますか」

「一応、明日の学校は休みかな。ぶり返しがあってもいけないし一日は安静にしておくべきだろ」

「……過保護過ぎませんか?」

「桜花自信が自分に厳しいからな。他人の僕は甘く見てる節はあるかも」


 桜花は口をもごもごとさせて黙った。何か言いたいようだが、我慢して口止めしているように思えた。

 翔はその内容が気になったものの、それを我慢しようとしている桜花に訊ねるのは少し変だろうと思い直してやめておいた。


「これでどうかな」

「ありがとうございます。気持ちよくなりました」

「そうか。よかった」

「体温計……」

「ん」


 翔は足を引いて桜花に動いてもらうことなく立ち上がった。そして、地面に降りて桜花を横に寝かせる。ふらふらとしていて危なかったからだったのだが、桜花はまた横にさせられた、と少々ご立腹だった。


 翔は予め見つけておいた体温計を桜花に渡した。


「じゃあ僕はコンビニにスポーツ飲料を買ってくるよ」

「……行ってらっしゃい」

「うん、すぐ戻るよ」


 翔は上着を羽織り、すっかり寒くなった外でも寒さを感じないように服を着込む。


 そしてそれなりのお金をポケットに入れてコンビニへと向かった。


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