第237話「本当の意図」


 翔ははっと目を覚ました。

 どうやらいつの間にか再び眠ってしまっていたらしい。今日は余程、疲れでも溜まっているのか、気を抜くと直ぐに寝てしまう。何が原因なのかは考えるまでもなく、文化祭だ。


 人目に晒されるというのはここまで精神を疲弊させてしまうのか、と改めて思い知らされた。あれから特に体調不良などは起こさなかったのだが、やはり見えないところで疲れは溜まっているらしい。


 翔は大きな欠伸をひとつした。そこでふと思い出す。


 議論に花を咲かせていたはずなのだが、その相手はどこだろうと辺りをきょろきょろと見渡してみてもその面影はどこにもなかった。


 少なくとも、翔を一人キャンプ地に放って帰宅することは無いので、どこかにいるのだろうとは予想が着くが、それがもし遭難でもしていたら、と考えると何だか落ち着かなくなった。


 翔がテントのファスナーに手をかけたところで、外から声が聞こえた。


「おや、翔と一緒に仲良く寝ていたのでは無いのかい?」

「……翔くんはお疲れのご様子でしたから」

「よく見ているね。翔は大きく成長したようだが、その反動が今になって訪れてきている」

「なので、眠りたい時には眠らせてあげます。ところで、夕食を頂いている時からのアイコンタクトは私とのお話で間違いありませんか?」

「翔には気付かれていないかな?」

「大丈夫だと思いますよ。全く気がついた様子はありませんでしたし」


 翔は手をかけていたファスナーをそっと離した。何だか今ここで「おはよう」などと適当なことを言いながら外へ出ていくのは何だかダメな気がした。その理由を詳しく説明しろ、と言われると少し難しいが修斗の言動から察するに何やら桜花と密談がしたい様子だ。


「翔に気付かれることなく桜花には伝えるようにするのは苦労したよ」

「そこまで苦労して私と話したいことは何ですか?」

「まぁまぁ。そんなに急かさないでくれ。まだ時間はたっぷりあるんだ。はい、淹れたてのお茶だ」

「あ、ありがとうございます」

「まずは一口」


 そこで一旦、会話は止まった。恐らく二人共が茶を飲んでいるからだろう。

 翔も急に飲みたくなってきて、近くを探す。だが、残念ながら何も無く、翔は耐え忍ぶしか無かった。


 しかし、聞かれたくない話を実はこっそり聞いているという謎のワクワク感に翔は高揚していた。


「まずは率直に聞こう。日々の生活は大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。家事は分担して行っていますし」

「何か不便なところは?」

「特にないです。私が忘れていた時は翔くんが助けてくれるので」

「あの子も成長しているのか……」


 修斗は遠い空を見るようにしてしみじみと呟いた。


(僕だって成長ぐらいするよ……)


 翔はバカにされたように思えたので心の中でツッコミを入れた。


「翔と一年過ごしてみてどうだったかな?」

「……。毎日が楽しいです。翔くんの見せてくれる表情の一つ一つが私の心を揺さぶり、動かして……。好きな人と暮らせて私は幸せ者です」

「……そこまでか。翔が起きていてら聞かせてやりたいぐらい」

「や、やめてください。恥ずかしいので」

「私の口からは言わないさ。翔のどこが気に入ったのか、良ければ教えてくれないかな?」

「……む」

「言いたくないなら深くは聞かないよ、ただの興味だからね。息子にどうしてこんなにも好いてくれる子がいるのか気になってね」


 テント越しではあったものの、修斗の言動にはカルマが重なっているように思えた。


(実の息子だからって遠慮がないな……。僕が桜花と会う以前はそういうことに無縁だったからかもしれないけど)


 初めて、実の息子に浮ついた話が出てきたので、父親としては知りたくて仕方がないのかもしれない。

 しかし、それは桜花にとっては全く関係のないことである。つまりはとても迷惑なだけということだ。


 翔はやはり出ていくべきかと腰を上げた瞬間、桜花が話し始めた。


「有り体にいえば全てが好きです。ぶっきらぼうに見えて実は紳士で、普段は身なりに気を使わないけれどたまにしっかりと不意打ちで整えるところとか、ヘタレなのにえっちでもあって、いつもは褒めてくれないのに、ふとした時に耐えられないぐらい褒めてくれるところとか……。例を挙げるとキリがありませんが」

「あらー……。桜花は翔のことが大好きなんだな」

「うっ……」

「翔は幸せ者だよ、まったく。あの子はそのことをしっかりと理解しているのかな……?」

「言ったことないので分かりませんが、薄々は感じてくれていると思います」


 桜花の言葉は翔を信じているようなそんな重さがあった。

 翔は胸がじん、と温かいのを感じていた。桜花は自分のことをそういう風に思ってくれていたのか。初めて知る、相手からの好意を翔は余すところなく受け止めていた。


「最後に一番大事なことを訊いてもいいかな?」

「……はい」

「父親の私が聞くのは少しおかしな話かもしれないけど、翔と番になる気はあるかい?」

「……」


 翔はぴたりと動作を停めた。そうして修斗が放った爆弾発言の処理を始めた。


(僕のプロポーズのセリフぅううう!!)


 処理の結果、爆発した。

 翔は何の意味もないが、目が覚める前の体勢に戻し、静かに目を瞑った。しかし、今度は目がぱっちり冴えてしまっていて眠気などは一切ない。


 翔はこの時に外へと繰り出して行けばよかったのだが、混乱していた翔は狸寝入りをすることに決めた。


「私は……」




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