第236話「本当のプラネタリウム」


 修斗が持ってきたテントには一つ、粋なデザインがあった。

 ある一点のみ透明になっていたのだ。それに気がついたのはつい先程で、夕飯を食べて談笑が終わった頃だった。


 特にすることも無く、暇であったために、テントの中に閉じこもって再び睡魔が襲ってくるまでのんびりしていようと思った矢先に気がついたのだ。


 慌てて修斗に訊ねると、やはり翔の読みは当たっていて、


「寝転がってそこから星を見るんだよ」


 と、後片付けをしながら教えてくれた。夕飯は作って貰ったので、片付けぐらいはしようか、と手伝いを申し出たのだが、いらない、の一点張りだった。それでも尚、食らいつき、桜花も巻き込んでじゃんけんになったのだが、あろう事か「勝った人が喜んで片付けをする」と修斗が宣言し、それに文句を言う間もなくじゃんけんは開始され、結果はご覧の通りだった。


 今では何も言うことなく先に手を動かしてしまえばよかったと後悔している。


「後片付けまで任せてよかったのでしょうか」

「どうしてもやりたかったんだろ、何しろジャンケンで勝った人、なんて条件までつけてたからな」

「翔くんに絶対にやらせないために、ですね」

「父さんが何を考えているのかはさっぱり分からないよ」

「折角ですから、星空を眺めてみてはどうでしょう」

「星空を眺めても、中学知識すら抜けているからあんまりよく分からない……」

「仕方がありませんね。地学の天体分野の復習も兼ねて教えてあげます」

「ありがとう」

「しかし、今は冬の星空しか見えませんけどね」


 夏の星座と冬の星座は違うらしいというのは翔でも分かるが、その具体的な星座をいえ、と言われるとさそり座とオリオン座ぐらいしか思いつかない。しかもそれは物語上で知っただけで、本当の天体で観測した訳では無いのでどれがオリオン座なのかはさっぱり皆目見当もつかなかった。


「父さんも言ってたし、どうせなら寝転がるか」

「寝るのですか?」

「さっきまで寝てたし……流石に寝ないとは思う」


 途中から自信がなくなってしまい、尻すぼみな感じになってしまった。

 桜花はしょうがないですね、と一息のため息を吐くと、翔に寄り添うようにして同じく寝転がった。


 同じ洗剤を使って洗濯をしているはずなのに、ふわりと桜花の匂いが鼻腔をくすぐる。服ではなくて、シャンプーの匂いなのだろうか、とふと思った。


「さて、僕達は今どこの方角を向いているんだ?」

「翔くん、北極星を探してください」

「えっと……あれ?」

「どれです?」


 翔が指を指し示すが、桜花から見るとその該当範囲は広すぎて肯定すべきか否定すべきか迷うところだった。


「あれあれ」

「どれですか」


 桜花が翔と同じ目線から指先が示す方向を見ようとさらに密着してくる。ただこの密着は桜花にそういう気があっての事ではないという大前提があるので、翔一人がどきどきと、胸を高鳴らせていた。


 どれだけ密着したことがあろうとも、やはり緊張する時は緊張して鼓動も早くなるものだな、と翔の中の冷静な部分が分析する。


「一点だけ神々しく光ってる星」

「そうですね。それが北極星です」

「ならこっちは北なのか」

「南に北極星はありませんからね」

「分かってるよ……。ただの確認」


 翔がぶっきらぼうにそういうとくすくすと笑われた。


 だが、自分でも北極星を探し出すのにここまでの時間を労するとは思いもよらなかった。元々、翔は地学の分野において天体を最も不得手としているきらいがある。


 どうしても雲をつかむような話でついていけないのだ。光年云々、人が一生を終える程度の時間では少しの足しにもならない惑星の寿命。


 それらを知ってもどうしようもないだろう、という根本的な翔の意識がそれらを苦手にさせていた。


「あれが北斗七星です」

「どれ?」

「あれですよ。しっぽの部分です」

「……しっぽ?」


 翔の瞳にはしっぽは映っていない。どこを探しても動物のしっぽらしきものはこの満天の星空には見当たらなかった。


 もしや、翔と桜花で見えているものが違うのではないだろうか。


 そこまでばかなことを考えて、ぶんぶんと頭を振る。もしその仮説が正しければ、さきほどの北極星の位置がずれていないとおかしいだろう。


「そう言えばどうして人は尻尾をいらないものと認識したのかな」

「木に登る必要が無くなったからでは」

「身体の変化は意識でどうにかなるものなの?」

「それは……」


 翔は前から疑問に思っていたことを口に出した。

 桜花はそれに喉を詰まらせた。桜花はその辺を疑問として抱いていなかったのだろう。


 翔達はプラネタリウムとして星空を眺めながら、哲学の議論に花を咲かせるのであった。



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