第232話「誰にも言わないで」
翔と桜花は取り敢えず修斗に、車で待っていてもらい、各自で私服へと着替えた。
何故アメリカで仕事をしているはずの修斗がここにいるのか、桜花と抱き合って、更にはキスされていたところを見られてしまった、という恥ずかしさなども色々あったが、兎も角も必要そうなものもついでにポケットへと入れて車へと乗り込んだ。
翔が車へと乗り込むと桜花は既に準備を終えていたらしく、先に待っていた。
ごめん、と一言いうと「気にするな」と一言返ってきたかと思うとすぐさま発進した。
(いつも急なんだよな……)
梓のせいであまり目立っていないかもしれないが、修斗もかなりの直感行動型の人間だ。行きたい、やりたいと思ったら何も考えることなく、他人を巻き込み、突っ走る。
「母さんはどうしたんだよ」
「アメリカで私の帰りを待ってるよ。急に男キャンプがしたくなってね」
「男……キャンプ?」
そのネーミングは初めて聞くが、何となく察しはついたので詳しく聞き込むことは避けた。
恐らくは男だけで行うキャンプのことだろう。翔は隣で熟れたリンゴよりも頬を赤く染めて俯き、小さくなってしまっている桜花に視線を向けた。
もしかしなくても桜花は女性なのだが、連れてきても良かったのだろうか。
そんな疑問を抱くと、修斗はそれを看破したかのように解答が飛んでくる。
「桜花を一人にするわけにもいかないだろう?それに翔は私だけではなく、桜花が一緒の方が嬉しいだろうし」
「まぁ……」
「あのような熱々な二人を見られると桜花がいた方が楽しそうだ」
「お、思い出すな!!出来れば永遠に忘れてくれ……」
からからと笑う修斗に翔は慌てた口調で返すも取り合っているようには見えなかった。
もし、梓にでも伝わったらどうなるのだろうかなど、考えるまでもなく明白だ。からかわれて、弄ばれるに決まっている。
それに声をかけたのが抱き上げた時と言うだけで、もしかすると、もっと前から見ていた可能性もある。
翔が帰ってきてからの一連の行為を振り返ると、とてもではないが実の両親に見せられたものでは無い。
「ところで、桜花が一言も話さなくなったんだけど」
「翔、何とかしなさい」
「えー……無茶」
「彼氏だろう?」
「もうノリがカルマと同じなんだよなぁ……」
修斗がアメリカ帰りであっても変な距離感なく話せるのはその言動や性格がカルマとよく似ているからだろう。お互いに一度もあったことはないがきっと馬が合うのだろうとは確信している。
何とかしろ、と言われ修斗も運転に集中してしまったのでいよいよ、何とかしなければならなくなってしまった。
とはいえ、それでどうにか出来たらその人は神様か仏様である。
残念ながら翔はそのどちらでもないのでどうすればいいのかと首を捻る。
「桜花ー?」
「……見られてしまいました」
か細く、ほとんど聞こえないぐらいの声量だったが、何とか聞き取った。
桜花はまだ修斗に見られたことを気にしているらしい。翔も桜花の立場なら気にするのは当然だった。
何故なら確実に修斗はキスしているところを見たからである。桜花の身体を支えていた翔に、そのような芸当が出来るわけないので、桜花からキスをすることになる。
結論、物凄く照れていた。
「キャンプに行くらしいけどちゃんと荷物もってきたか?」
「これだけは」
「うん?……あぁ、これだけは持ってきたってことね」
差し出されたバッグを見て少し疑問に思ったものの、すぐに理解する。
「見てもいい?」
こくこく、と頷いている桜花からバッグを受け取り中身を拝見する。
中から出てきたのは、虫除けスプレー、化粧品、ハンドタオル、携帯、使い捨てティッシュ、財布、一枚の白い封筒だった。
「何これ?」
「ダメです」
開けようとしたところでそれに気付いた桜花が全力で止めにかかった。
一瞬の興味だったので桜花に気圧されてそのまま戻した。
桜花の荷物はキャンプに行くにしては少し物足りないと言わざるを得ない感はあったものの翔や修斗が持ってきたものを使えば全然大丈夫だろう。
「キャンプは初めてなので……」
「初めてなのか。……だってよ、父さん」
「おっ?初めてだって?それはより一層これからのキャンプを好きになって貰えるように気張らないといけないな」
「僕も数える程しかしたことないからね?あんまり頼られても困るぞ」
「キャンプはやってみてなんぼの世界だぞ。それに男がいい所見せるチャンスでもある」
「……」
翔は頑張るしかないな、と気張る単純な男だった。
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