第233話「キャンプ生活」


 随分と長いドライブが終わり、車から降りると、そこは見慣れた風景とは全く違った自然豊かな緑が広がっていた。


 流石にキャンプをこの三人だけで行うことは色々と問題がある。桜花は元より、翔も未だに初心者であり、修斗が中級者のランクだ。なので、今回はキャンプ場に来ていた。ここならば、何かに失敗したとしてもすぐに替えがきく。


 それに、キャンプ初めての桜花には風呂に入らないということに耐えられない可能性を考慮したのかもしれなかった。


 敢えて、その辺の思惑は聞かなかったものの、受付の時にシャワーの件について訊ねていたので、間違いはないだろう。


「さて、まずは組み立てようか」

「ん」


 翔は修斗から地面に打付けるための釘を受け取り黙々と設置していく。この程度のことならば、桜花にもできそうではあるが、折角男を魅せるチャンスなのだ。使わない手はない。


「……あれ?テントはひとつ?」

「そうだよ。新しく買う余裕はなかった」

「いや、別に新しいのを買えと言ってるわけじゃないけど。……このテントに三人?」


 3人で横並びに寝るにしては少し狭いような気がしないでもない。確かに、翔がまだ小さい頃にはこのテントに修斗と梓との三人で川の字で寝た記憶があるが、それでも絶えず密着していた。


「まぁ、無理なら私は起きておくよ。二人でいちゃつくといい」

「そ、そんなことしないから」


 修斗が行きたいと言い出してここへと訪れたのに、その本人がテントで寝ないとは如何なものなのだろうか、と疑問は浮かんだものの、あまり気にしないようにした。

 修斗の思い付きはいつも唐突で無鉄砲なのだ。


「私が外で寝ますよ。元々、男性だけでの予定でしたのでしょう?」

「それはそうかもしれないけど……。僕も父さんも女の子を外で寝させるほど外道じゃいよ。だから誰かが外で寝ないといけないなら僕が出るよ」

「翔くんは修斗さんと私を二人きりにさせるおつもりですか?」

「いや、それは……」


 そう言われてしまうとなかなか言葉が続かない。

 修斗と翔は実の親子なので一緒に寝ようが何をしようが別に気になることは無い。しかし、桜花はいくら家族とはいえ、修斗に翔ほど、気を許すことは出来ていない。そんな関係のふたりが狭いところに寝るというのは修斗は兎も角としても桜花には少々荷が重いような気がする。


 それに、翔も見栄を張って外で寝る、とは言ったが出来れば避けておきたい。

 いくらキャンプとはいえ夜はやはり寒いのだ。どれだけ大丈夫だと胸を張っていたとしてもぶるぶると凍え始めるのは目に見えている。


「楽しければそれでいい。難しく考えることは無いよ」

「楽観視しすぎだろ……」

「いざとなれば、車中泊という手がある。そうすれば全て解決だろう?」

「まぁ……それなら……?」


 全て解決なのだろうか、と首を捻るが特に指摘すべき点が思い当たるわけでもなかったので、有耶無耶にではあるが頷いておく。


「私にも何かお手伝いできることはありますか?」

「そうだな……。飯盒炊爨するから見ててくれないかな?」

「分かりました」


 カチッとライターを使って木々に火をつける。便利になったものだ、と前年から生きているような面持ちで見つめていると、翔は修斗に呼ばれた。


「ここ甘いよ。もし突風が吹いてテントが飛んだらどうするんだい」

「ごめん」

「それより、桜花とは進んでいるのかい?」

「進むって……何が?」

「隠さなくていい。一緒に暮らしているんだから進展はあったのだろう?」

「あったといえばあったけど……。教えないからな」

「私の置いてあったものは使ったのか?」

「置いてあったもの……?」


 聞き返して、あ、と思い出す。

 翔はすぐさまぶんぶんと首を横に振った。あのようなものを使えるほどの胆力は翔にはない。まだ。


「そうか。場所が移動していたから使ったのかと……」

「見たのかよ。……父親としてはどうなんだよ。そういうことに関して」

「別に何とも思わないよ。やりたければやればいいし、まだやめておこうと思うのならそれでもいい。翔に全て任せてる」

「放任主義だな……」

「翔を信頼しているからね」


 信頼という案外、重たい言葉にぐっと神経が張り巡らされていくのがわかる。

 ただ自分で話しを振っておいてこれを言うのはおかしな話だが、この話を野外テントの後ろでこそこそと話すべきではなかった。


「欲を言えば孫の顔がみたいかな」

「……え」

「急かしてるわけじゃないから」

「う、うん」

「兎も角、お互いに好き同士なら私は何も言わないよ」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。修斗はそのまま翔を振り返ることなく桜花の見張っている飯盒を見に行った。

 翔は触られたところに触れる。


 そこには修斗の温かみが確かに残り、親と子供、という明らかな差を見せつけられたように感じた。


「やることは子供みたいなのにな……」


 空を見上げると満天の星空だった。

 そうだ。ハロウィンにも関わらず少しだけ遅れて学校から帰宅した翔は桜花のハロウィンサプライズをカウンターしていちゃついていたところに修斗がやってきたのだ。


 その修斗の行動力は異常である。

 実の息子ですらそう思うのだ。他の人なら尚更だろう。



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