第231話「ハッピーハロウィン」
桜花は仰向けの状態で静かに瞳を閉じており、手はお腹の上で交差させていた。
翔は桜花が演技で眠り姫をしていると分かっていながらも翔の心の中の悪魔の囁きによって、少しだけイタズラを決行することに決めた。
頬に手を添えて、もう片方の手で桜花の両手を握る。眠っているはずなのに、睫毛が震えて心做しか頬に熱が集まってきているようだ。
「とっても綺麗だよ。桜花」
「……」
「まるで本物のお姫様のようだ」
この比喩は果たして、比喩として成り立っているのか、と問いたださねばならない次元で桜花のドレス姿はお姫様のように可憐で美しく、儚い雰囲気があった。
それを耳元で囁いてやると今度は手がぴくりと反応した。握っていた翔はそれを見逃すことなく感じた。
「あれ、動いた?いや、まさかな」
「……ぅ」
「このアイデアは蛍か誰かの入れ知恵だろうな。でも僕はそれにひょこひょこ乗るほど甘くない」
翔は何となく、桜花の手の下、つまりは腹部の上に手を入れてみた。そこを選んだ意味は特にない。恐らくは手で守られているように思ったからだろうが、桜花は面白いぐらいに狼狽えていた。
「へぇ〜。桜花のここはそうなっているのか」
「……ぁ」
「こっちは……そうなのか」
ただ子供をあやす母親のようなお腹をぽんぽんと叩いているだけなのだが、言葉に騙されてどんどん顔を赤くしている桜花が可愛らしい。
「そろそろ起こさないと……けど恥ずかしいな」
「……」
「やめとこうかな」
「……!!」
「でも、桜花も話したいだろうし」
まだもう少し続けたいという欲が無いわけではなかったが、これ以上の狼藉は後々に響いてきそうだったのでやめておくことにした。
翔は今度こそ眠り姫の唇に口付けをする。
軽く触れ合うだけに留めておくつもりだったのだが、離そうとしたところで桜花に上唇を甘噛みされて、しかも小さな可愛らしい舌が翔の口内へとお邪魔しに来た。
お邪魔されてはもてなさない訳には行かない。
翔は求めに応じてそれ以上のものを返していく。頭の中の理性という二文字はすっかり焼き切れてしまっており、何も考えずに相手だけを求めていた。
少しして、体勢的にしんどくなった翔が桜花の肩を叩いて合図を送る。すると、二人の唇は離れて銀色の糸を引いた。慌てて口を拭うが、お互いに恥ずかしくて仕方がなかった。
「……お、おはよう、プリンセス」
「……随分といじわるな王子様ですね、翔くん」
「ごめん、桜花が可愛すぎて……」
「翔くんは最近、可愛いといえば許されると勘違いしていませんか?」
「いいえ、滅相もございません」
「怪しいですが、まぁいいです。いじわるな王子様に少し仕返しはしましたし」
桜花の仕返しは流石の翔も何一つ予想すらしていなかったので、驚いた。
しかし、仕返しになっているのかと言われると少しなっていないような気もしていた。
翔のいたずらは桜花に羞恥心を与えるものだったが、桜花の仕返しはお互いが同じぐらいの羞恥心を得るものの、翔からしてみれば、彼女からキスされたという特典付き。
結局、得しているような気がするがそれは言わぬが花だろう。
「もうっ、本当に、翔くんは色々としてくれましたねっ」
「いやいや、何もしてないよ」
「耳元で囁くのはダメだと前に言いましたよね」
「……」
「しかも急にお腹辺りをまさぐられましたし」
「ちょっ?!言い方が……」
「後は……。別に触られるのは良いのでせめて私が見ている時にしてください」
「あ、はい」
見ているときならいいのか、という当然の問いは喉元に引っかかって飛び出ることは無かった。
しかし、まさぐられるとは何ともインパクトの強い言葉だった。
「どうして翔くんはこの案が蛍さんだと気付いたのですか?」
「蛍ぐらいしかこんなしっちゃかめっちゃかなことをする人を知らないからな」
「それは……蛍さんが聞けばきっと怒りますよ?」
「それは確かに」
蛍もそれだけで決め付けられると流石に怒ってしまうだろう。
「蛍さんの案に蒼羽くんが着色をした感じですが……」
「カルマも関わったのかよ」
それにしてもよく考えられたものだ。ハロウィンに眠り姫を採用するとは。翔に逆に利用されてしまったが、いたずらしてやろうという気概が起こらなければ充分に翔だけを羞恥心で満たさせることが出来ただろう。
「王子様……。私は寝たきりですぐには起きられません。起こしてください」
「姫なのでお姫様抱っこでよろしいか?」
「お、お任せします」
桜花の首と足に腕をかけて、ぐっと持ち上げる。やはり、とても軽かった。桜花が空いた手で翔の首に絡みつく。
「今は無防備ですよね?」
「桜花さん……?」
言うが早いか、首筋にキスを落とされる。
瞬時に脈が昇っていくのを感じ、それを桜花に指摘される。
「早くなりましたね」
「なってない」
「ちょうど翔くんの胸辺りに私の耳が……」
「直に聞かないで……」
桜花が翔の胸元に耳を当て「ふむふむ」と嬉しそうに頷いているので翔は何ともいたたまれない気分になった。
「おっ、随分見ない間にコスプレしてイチャつくようになるとは」
ばっと振り返るとそこにはいるはずのない人がいた。
「早速だが翔。キャンプへ行こう」
「父さん!」
「……!!」
スーツ姿の修斗がキャンプ用品を手にいっぱい持ち、白い歯を見せて誘っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます