第225話「文化祭を巡る」
「待ちに待った時間がようやく訪れましたね」
「長い道のりだったな」
「仕事服では目立つので制服に着替え直しましたが……あまり変わっていないような?」
「人気は服だけではなかったってことだろ」
「それだけでしょうか」
「というと?」
「翔くんへの視線も少なからずあると思います。女子の視線は私よりも翔くんに向かっているような……」
桜花に指摘されて辺りをもう一度よく見渡してみると、心做しか翔へと向けられている視線も少なくはなかった。
今までにここまで多くの人から一斉の視線を浴びたことがないためにぞっとした。身体が自然と身構えてしまう。自分ではどうすることも出来ないのは分かっていたのだが、一種の防衛本能だろう。
「居心地が悪い……」
「仕方がありません。翔くんは今、イメチェンをしている状態ですから」
「イメチェン……」
「いいではありませんか。私ばかり目立つのは翔くんに迷惑をかけているようで嫌だったのでこれでようやくお相子です」
「迷惑だとは思ってなかったけど……。桜花の大変さをダイレクトに実感してるよ」
もしかすると、芸能人はプライベートでもこのように注目されているのかもしれない。翔は将来の仕事には絶対に芸能活動は選ばないと心に決めながら、戦慄していた。
どのように心を持とうとしても意志の全てが虚空へと消えていく。
慌てている、というところを超えて、最早一種の悟りを開いたかのような翔を見かねた桜花が翔の手を取り、歩き始めた。
翔達を見ていた人達が揃って道を開ける。その様子はどこか王と臣下に見えた。
「翔くんには耐性がなかったですかね」
「僕は生来から目立たないように生きてきたからね」
「でも、この文化祭の間は注目されますよ」
「もう仕方がないって諦めるよ。それに、折角、桜花が髪をいじってくれたんだから色んな人に見てもらわないと」
翔が自分でセットしたならば今すぐにでも落としてしまいたいのだが、桜花が翔のためを思ってかけてくれたワックスをとる気にはどうしてもなれなかった。
文化祭という、多くの生徒が交流する場で、桜花には彼氏がいるということも遠回しに伝えていきたい。
印象深く残すためにはやはり、今の髪型がベストだから、という見方で自分をどうにか納得させた。
「何から食べますか?夏祭りのように出店が沢山ありますよ」
「文化祭は力入れてるって話だからな。桜花が食べたいものは何かあるか?」
「そう言われると困りますね……。どれも美味しそうで」
「ちょっとずつ食べてもいいと思うよ」
桜花がきょとんとする。何となく、わかっていないな、と勘づいた翔は補足説明を入れた。
「一個ずつ買って、僕と分けたら色んな種類が食べられるよって言いたかった」
「ならそうします。では早速、先程見つけた焼き鳥屋さんがとても美味しそうで」
「わかったわかった。そんなに急がなくても」
先程通り過ぎようとした時の桜花の表情がとても物欲しそうな表情だったので、何となく言われるだろうな、と思っていたが、まさか最初に言われるとは思ってもいなかった。
食欲というのは気まぐれなもので、何が食べたいかというのもその時の気分によって変わる。
しかし、実を言うと翔は出店やテーマパークを訪れた時の昼食というものはあまりとらない。
楽しいという感情が先行してしまうのか、どうしてもお腹が減らないのだ。
だから、自然なように桜花へと話を振った。
蛇足かもしれないが、別に食べられないという訳では無い。
出されたら食べるし、食えと言われれば大人しく食べる。
「同じ学生が作ったものだとは思えませんね」
「まぁ、飲食系の出店をする場合は少し特殊な許可がいるからな」
「特殊な許可ですか?」
「そうそう。カルマから聞いた話だから本当なのかどうかは分からないけど、家が焼き鳥屋を営んでいる、とかそういう知識がある人がいないとダメらしい」
「……ちょっと待ってください。私達のクラスではメイドカフェを営む方の子供がいましたか?」
「いや、いない」
「何故です?」
「桜花が可愛いから「可愛い姿を見たい」っていう理由で承認されたって」
割と欲望に忠実な学校側だった。規則も何もあったものでは無い。
しかも、それを学校側、つまりはまぁまぁな歳を食ったおじさん達がいっているのだから正直、軽く引くレベルの出来事だろう。
先生はロリコンが多い、という格言か迷言かをどこかで聞いたことがあるが、まさしく的を射る言葉だった。
「私は芸能人では無いですよ」
「そうはいっても、他の人と比べると美貌はやっぱり頭一つ抜けてると思うよ」
「……そ、そうですか」
「あ、これはあくまで一般的な意見だよ。勿論、僕からすれば芸能人はおろか、世界のどこを探しても桜花より可愛い子はいないと思ってる」
「翔くんストップです。そのような大きい声で言わないでください!」
桜花に窘められてからようやく自分の声が大きすぎることに気づいた。
桜花は熱がでたわけではないだろうが、首まで真っ赤にさせてもじもじとしていた。この動作は照れているときだ、と最近わかってきた翔はぴんと思い至ったのだが、一体いつのできごとが桜花をそうさせたのかがわからなかったので、疑問符も浮かべていた。
「翔くんにあとはあげます」
「ありがとう。……うまっ?!」
想像を遥かに超えていた美味しさだった。
夏祭り以来の食べ歩きが再び始まりそうだった。
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