第226話「楽しい文化祭」


 翔達は体育館へと赴いた。

 体育館では吹奏楽部や軽音楽部が演奏をしているというポスターを見かけたからだった。


 ここまでに焼き鳥を始めとして、たこ焼き、焼きそば、からあげ、フライドポテト、東京ケーキ、わたあめ、などなど高校の文化祭にしては多種多様なものが売っていた。


 翔は食べ歩きになることはわかっていたものの、ここまで食べるとは思っていなかったために、すっかり疲労困憊だった。少しの休憩も兼ねた、体育館だ。


「大丈夫ですか?」

「ちょっと休めば大丈夫だから。ごめん」

「いえ、私も少し食べすぎました。ごめんなさい」


 翔達が注目されるのはもう充分分かっていたので、最後列の隅に二人は並び座った。

 翔を気遣う桜花だが、その原因を作った張本人である。


「いいよ。それにほら、もう始まるよ」

「初めは吹奏楽部ですね。懐かしいです」


 翔は指を指すと、体育館の幕が開いているところだった。

 そして、その次に視界に飛び込んできたのは神々しく輝いた金属器。

 楽器だ。

 しかし、ふと引っかかったことがある。


「懐かしい?吹奏楽部だったのか」

「えぇ。大体の楽器は吹けますし、弾けますよ」

「え……。じゃ、じゃあ、ギターとかベースも弾けるの?」


 吹奏楽ができるのなら続いて気になるのは軽音楽器だろう。

 桜花は翔の驚いた顔が面白かったのかくすくすと笑いながらも教えてくれた。


「ギターが弾けるとベースも弾ける、と聞きますし。恐らくできます」

「桜花は何でもできるな」

「何でもはできません。したことがあるものだけです」


 桜花は当たり前の事のように言うが、一度や二度、やってみたぐらいでは身体も頭も覚えているわけが無い。全てとは言わないが結構な大部分は忘れてしまうものだろう。


「それでもう充分」

「ありがとうございます」


 桜花がお礼を言ったところで拍手が鳴った。指揮者が礼をしたのだろう。

 翔は音楽のことについてはあまり詳しくない。それどころか無知な部類だ。


 学校の音楽の授業というものは歌うことばかりで、楽器に触れることなどまずないし、音楽家として活動している人からすれば「何やってんの?」と自分の目を疑うレベルのことしかしていない。


 だからなのか、どうしても期末試験の際にもやる気がわかず、ほとんど勉強することも無く当日を迎えた。その教科は決まって音楽である。


「ゲールフォース、ですか」

「……何だそれ」


 曲名だということは話の流れと言うよりもあまりの状況からも分かったのだが、無知な故かその曲名を聞いただけではどんなリズムのどんな音楽なのかがさっぱり分からなかった。


 しかし、聞いていると何となく感情に問いかけてきているような錯覚を味わう。

 序盤は舞踏会のステップのリズムで軽快に、しかし優雅さも兼ね備えながら奏でられていく。

 中盤は逆に落ち着かせるゆったりとした流れる音色で、ソロを吹いている人もいた。

 終盤では序盤に負けず、劣らない最高の盛り上がりだった。


 まるで文化祭みたいだな、と翔は思っていた。まるでという比喩抜きで普通に文化祭なのだが。


「素晴らしい曲です」

「同感だ。僕は音楽のことについては分からないけど圧倒されたよ」

「この曲は特にそうですね。とても難しいのですよ」

「頑張って練習したんだろうな」


 そう翔が思うまでもなく、吹奏楽部員は日々、練習に励んでいた。翔は自転車通学ないので、その姿を自分の目で見た訳では無いが、自転車通学のカルマから聞いた話だと、自転車置き場でも個人練習をしている人がいるらしい。


 強豪校であるために練習はとてもハードなものだろう。

 翔は人一倍、ありがとう、という感謝の拍手を贈った。


 そしてこっそり、腕時計で時間を確認する。約束の時間まではまだもう少しある。


「次は軽音楽部らしいですよ」

「とてつもないプレッシャーだな」


 翔は桜花に悟られないように必死だった。

 軽音楽部は大学で言うところのサークルに近い部活で、吹奏楽部と比べるとどうしても緩いという評価をくださるを得ない。

 しかし、発表する曲は生徒に合わせてきたような有名な曲、流行りの曲が多いため、結構な人気がある。


 今回も演奏する曲はアニメソングらしい。

 桜花は首を傾げていたが、翔を含めたその他の生徒の盛り上がりは絶好調だった。


「有名なのですか?」

「有名だと思うよ。桜花もテレビで何となく聴いたことがあるかも」

「それは楽しみです」


 吹奏楽のような音の塊が飛んでくる、という表現がよく似合っている迫力のある演奏とはまた少し違う。

 楽器一つ一つが個々の能力を目一杯、全力で掻き鳴らしている。


 ベースは低音を担当し、ギターはメロディーを奏でる。ドラムはリズムを刻み、それに合わせて盛り上がる。


「色が変わりました……」


 桜花が隣でぼそりと呟いた。

 色というのは雰囲気のことだろうか。先程の吹奏楽部が作り出した雰囲気をいい意味で壊して一新させた。


 翔は桜花のことも忘れてノリノリで盛り上がった。

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