第218話「文化祭前日」
授業は午前中で終了し、午後からは来たる明日の文化祭の準備時間となっていた。
翔達のクラスは教室のセッティングから始めなければならないため、結構な人手と時間がかかることは容易に想像が着いた。そのため、他のクラスから手が空いている人達をかき集め、準備に勤しんでいた。
「翔、この机を頼む」
「隣のクラスに持っていったんでよかったよな?」
「おー、まだあるから急ぎで頼む」
働いているのは、男子が多い。
力が強く、須藤を筆頭に引き受けたせいもあるが、万が一、怪我した、などということがあってはならないので、女子は小道具の準備や、現場指揮に回っている。
接客を行う人は勿論、除外されている。つまり、筆頭である桜花や蛍は何をするでもなく、忙しなく働いている翔達を見ていた。
「僕達も接客するんだよな?」
「ん?一応、その予定になってるな」
「何で運んでんの?」
「それはな、翔。俺達が男子だからだ」
最もな正論であった。
せめて、須藤が自分から進んで言っていなければ男女どちらともが運んでいたかもしれないが、男子の代表格が引き受けてしまったために、それはもうどうしようもなかった。
そして、須藤達が自分自身を震え立たせるための文言が「桜花のメイド服が見たいなら、精も根も尽き果てるまで働け」なのだから苦笑いするしかない。
それを聞かされた時にカルマから「見たのか」と視線で送ってきたので「知らん」と突っぱねった。
せっせとカルマと共に必要のない机を運び、隣のクラスへとおく。
文化祭が終わるまでは隣のクラスは倉庫扱いになる。ふぃー、と一段落して呼吸をひとつ落とすと、聞き慣れた声が翔の名前を呼んだ。
「翔くん、お疲れ様です」
「桜花……。こんな所にいると怒られるぞ」
「須藤くん達からですか?」
「分かっているならどうして……」
「彼女が彼氏に逢いに行くのに第三者からの承諾が必要ですか?」
「それは……いらない」
「そうですよ。だから大丈夫です」
「その論理が正論なのは重々承知してるけど、それが通じるのは桜花だけだ」
「えーっと、こほん」
すぐに二人の世界に入ってしまおうとする翔達にカルマは咳払いをひとつ。
「あんまり学校でいちゃいちゃしてると妬まれるぞ〜」
「いちゃいちゃしてない」
「してません」
翔と桜花がきっぱり違う、と明言するが、先程の光景を見ていた人、全員がいちゃいちゃしてる、と証言するに違いない。
翔を心配して気遣う桜花の姿は彼女を通り越して最早、新妻ですらあった。
流石にこの年齢で結婚は出来ないので新妻ではないことは確実なのだが、来年、翔が婚姻可能な年齢になった時は分からないな、とカルマは何の意味かは分からないが覚悟を決めた。
「明日は双葉さんも蛍も頼んだぞ。もし何かあったら言ってくれ」
「問題はないでしょう。翔くんも蒼羽くんも先日までルールを決めていたではありませんか」
「桜花……。知ってたのか」
「秘密にしとけって言ったのに……」
「ふふ、知ってしまいました」
確かに、翔はカルマと一緒に文化祭の自分のクラスのみに適応される掟のようなものを作っていた。完成が長引き、先日になってしまったが、大体これで桜花達の安全は守られるだろう。
少なくとも痴漢、盗撮などの犯罪行為は出来なくなるはずだ。撮影に関してはとても悩んだが、翔が断固拒否したのは言うまでもない。ただ「桜花以外はいいんじゃないか?」と翔が軽く言ってしまったために、カルマに思い切り叩かれたのは秘密だ。
「知ってるなら、話は早そうだな。でも、全員が全員、守るわけじゃない。人の目を盗んでする奴は必ずいる」
「あとナンパもいそう」
「うん、だから蛍達も気をつけて」
「りょーかいっ!」
蛍が元気よく返事をする。
声色からは何一つわかっていないような感じがするが、この手に関しては慣れてしまうほどに事例があると思われるので蛍に全て任せても大丈夫だろう。
桜花は完全なる箱入り娘なので、その手の勧誘に関して不得手であるために、翔が隣にいないことが悔しくてしょうがないが、それはもう決まったことなので、翔はこっそりと遠くから見守るほどしかできないだろう。
自分の接客もあることを考えると、見守るほどの時間を確保するのは難しいかもしれない。
「因みに……。双葉さんのメイド服はどうだった?」
「……それ本人がいる前で聞く?」
「本人がいる方が適当な言葉で濁せないだろ?」
「策士め」
本人がいる所でまさか聞かれるとは思わなかった。桜花に対して感想を言うのと、第三者であるカルマに感想を言うのではまるで違う。
「最高に良かった。……これでいいか?」
「充分。双葉さんが真っ赤になっているのは想定外だけど……」
「桜花?大丈夫かぁああ?!」
桜花はふにゃふにゃになっていた。
「楽しみだなぁ」
「何とかして見せない方法は無いものか」
「共有させてくれよ〜」
「明日の桜花に頼め」
今はとてもでは無いが会話ができる状態ではなさそうだった。
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