第198話「ただいま」


 花火が終了した時にはもう辺りはすっかり真っ暗になっていて、学生が徘徊するような時間ではなくなっていた。


 翔達はカルマ達と別れを告げて、早々に帰路に着いた。翔だけならまだしも、桜花という美少女を連れて歩いているので、どこの馬の骨か分からない奴が桜花に話しかけてくるか分からない。


 ワックスのおかげか、桜花と隣で歩いても特に妬み嫉みが聞こえてこない。

 それが結構心を軽くさせていた。


 電車に乗る時にも夜道を歩いている時でもずっと、桜花と手を繋いだままで歩いた。


 いつもよりも多少強引なのは自分でも分かっていたのだが、桜花もおかしいと感じたようで幾度となく「どうしたのですか」と訊ねられた。その度に翔は何でもない、と笑みを取り繕ったのだが。


 一応、家に入るまでは気が抜けない。桜花を守ること。

 それが家族として、彼氏として大事なことだと思っていたから。


 そんなこんなで家目前まで辿り着いた時、


「よぉ」


 見知らぬ男から声を掛けられた。

 どうして家付近で不審者に声を掛けられるのか、と文句のひとつでも零れそうになったが、下手に刺激すると逆上されてしまうかもしれないので、冷静さを保つ。


 まずは無視。

 翔は何も答えることなく、桜花の手を引き、その場を後にしようとした。


「何で無視すんだよ」


 怒るのが早かった。


「翔くん」

「大丈夫。僕がいるから」


 桜花が不安そうな声を出すので、翔は特に穏やかな口調で安心させるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「おい、待てよ。響谷翔」


 今度は名前で呼ばれた。名前を教えた覚えはなく、今度こそ不審者感が濃厚になってきた。


 これはもう無視できない。

 名前を知っているならば、家も知られている可能性がある。


 翔は不審者の方へと向き直り、桜花を背中に庇う。


「翔くん」

「離れるなよ。他にも誰かいるかもしれないからな」

「誰もいねぇよ!まさか不審者か何かと勘違いしてねぇか?」

「勘違いもクソもあるかよ。それ以外に何に見えるって言うんだ?」

「あぁ、クソッ。だから俺はお前が気に食わねぇんだ」


 ここでふと、どこかで聞いたことのある声だな、と思った。

 しかも、前までとても関係のあった人物。最近は滅多に喋らなくなったが、それでも平日においてはほとんどの時間を共有している相手。


「翔くん、あれは須藤くんです」

「あっ……。あー」

「申し訳ねー、みたいな声を出すな」


 暗闇で声を掛けてきたのは何と、須藤だった。

 暗闇で話しかけるのが悪いのか、はたまた須藤が何を思ったか声を掛けたのが悪いのか。


 どちらにしても翔は不審者と勘違いしてしまっていた。


「ごめん、てっきり不審者かと」

「まぁ、俺が声掛けたのが悪かったよ。邪魔したな」

「おい、何か話があったんじゃないのか?」

「別にこれといって話したいことなんかねぇよ。俺が帰ってる時にたまたま見かけたから話し掛けただけだ」

「お久しぶりです、須藤くん」


 翔の肩口からひょっこりと顔を出し、ぺこりとお辞儀をする桜花。

 分かりやすいほどに動揺している須藤を見て、翔はまさか桜花と話したいから話し掛けたのか、と訝しんだ。


「げ、元気か?」

「そうですね。日々の学校でもそうですけど、楽しく生活していますよ」

「そうか。ならいいんだ。その様子じゃ、花火でも見てきたんだろ」

「よく分かりましたね。蒼羽くんにいい場所を教えてもらいまして」

「あぁ、あいつか。……綺麗だったか?」

「えぇ、とても」

「そうか。……俺はそろそろ帰るわ。響谷が睨んでるし」


 須藤は決して、翔の睨みに負けて帰る訳では無いだろうが、特に執着するようなことも無く背を向けて、帰り始めた。


 このように普通に話していたならば一学期にあのようなことは起こらなかっただろうに。

 それが恋というものなのだろうか。


「よく会話が続いたな」

「普通でしょう?相手も人なのですから」

「う〜ん、まぁ括りで言うとそうなんだけど」

「どうしました?ヤキモチ妬いてます?」

「いーや、別に?」


 翔は後ろから覗いてくる桜花とは逆の方を向く。

 須藤は一体何をしに来たのだろうか。それだけが気になり、もしかしたらこのままいけば翔ではなく、須藤の方へと行ってしまうのかもしれない、などと不安に駆られてしまう。


「さぁ、帰りましょうか」

「もう不審者はでてきませんように」

「須藤くんは不審者ではなかったですよ」

「登場の仕方はもう不審者だっただろ」

「否定はしません」


 こうして、少しのハプニングはあったものの、翔達は無事に家へと辿り着くことができた。


 帰ってくるまでが遠足ならば、帰ってくるまでが花火大会だろう。


 これで本当に花火大会は終わり、翔達の高校一年生の夏も終わりを告げた。


 しかし、これで浴衣を見納めとは、なんとなく勿体ない気がしてならない。

 疼く身体に理性が抑えきれなくなってくる。


 翔は帰ってきて、電気を付けることよりも先に、桜花に抱きついた。


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