第197話「もう少しだけ」
「あれ、もう終わった?」
「いやいや、これからラストスパートがかかるぞ」
「本当?!もうこれから終わるまでは瞬きしない!」
「目が乾燥しそう……。しかも準備があるからまだもう少しかかるし」
蛍がかっと目を見開き、それをカルマがそっと閉じる。そんなことを二、三度繰り返していた。
翔もカルマが言ったことは知っていた。この花火大会の大目玉とも言えるような打ち上げ数がこれまでとは比較にならないほどの花火が上がるのだ。
桜花はこの花火大会に、というより花火を見に来たのが初めてなので、この後に何があるのかはわかっていないようだった。
実際に見て貰った方が口で言うよりも感動するし、伝わるだろうと思った翔は何も言わないことにした。
「花火がもうすぐ終わってしまいますね」
「楽しかったか?」
「勿論です。今まで訪れなかったのが勿体ない程です」
「来年も行けたらいいな」
「行きましょうよ」
桜花が屈託なく微笑みながらそういうので、翔は軽く頷いた。本当は心の中で「もう来年も一緒にいることに決まってるのか」と口に出すには恥ずかしいことを思っていたなどとは言えまい。
とはいえ、それでも桜花と別れる、などということは今は全くこれっぽっちも考えられないので翔も桜花と同じ気持ちといえば同じ気持ちなのかもしれない。
「見たか蛍。翔が今、にやにやしてたぞ」
「え、うそ?!見てなかった」
「あー勿体な」
しかし、こんな時にも変わらずからかってくるのがカルマという男である。
「にやにやなんてしてないぞ」
「またまたー、見栄張っちゃって」
「うるさい」
翔は軽くカルマの脇腹をつついた。
「何か薄らと聞こえました」
翔とカルマがじゃれあっていると、桜花が自信なさげな声色で翔に伝えてきた。
何が聞こえたとは何だろう、と頭に疑問符が浮かぶ。しかし、すぐにあぁ、と合点がいく。
「アナウンスかもしれないな」
「アナウンスですか」
「そうそう。最後はとっておきなので見てくださいね〜ってアナウンスを入れるんだよ」
翔が話そうとしたところでカルマが続けて全て話してしまう。翔の言いたいことそのままだったので、何も言わなかったが、せっかくのチャンスを逃した、という気持ちは残っていた。
「ではもうそろそろですか」
「たぶん」
「よく聞こえたね!私は全然聞こえないけど」
「微かに囁かれたような感じでした聞こえていませんけど」
「俺も聞こえたことないわ」
「耳を澄ませば聞こえるんじゃないか?」
「俺達が喋ってたのに、か?」
「桜花の集中力を舐めるな」
「おい、翔!説明を諦めるんじゃない!」
翔にも聞こえなかったので、何か言おうと思っても何も出てこない。やはり集中力の差なのだ、と強引に納得することしか出来ない。
「また聞こえました」
「え、本当?!」
桜花がまた翔達に伝えてくれる。それに蛍が反応した瞬間に、今日一、特大とも言えるような大きな花火が咲いた。
一瞬にして心を奪われる四人。
しかし、驚きはそれだけに留まらなかった。
特大の花火が儚く散っていったのと入れ替わるようにして大きな花火が六輪ほどが一斉に咲き誇った。
「うおぉ……。今年は違うな」
「すごーい……」
カルマと蛍が感嘆の声を漏らす。
翔がちらりと桜花を見ると、桜花はじっと花火を見つめていた。きっと目に焼き付けているのだろう。
このひと夏の思い出を何一つ忘れないように。
桜花の横顔を見ながら、翔はそう思った。危うく、桜花の横顔を焼き付けそうになっていた翔だが、桜花が「綺麗……」と呟いたのを聞き、花火に意識を持っていかれた。
すると、そこには小さい花火が空というキャンバス一面に咲き誇っていた。
「豪華だな」
「下の方も見てみろよ!噴水みたいに吹きあがってるぜ」
「凄いな。……これはなかなか」
「翔、語彙力」
「うるさい。検索結果はゼロ件です」
目を合わせることなく会話を弾ませていると、蛍と桜花がくすりと笑った。
何だか嬉しくて翔とカルマもつられて笑った。
「いい夏だったな」
「えぇ、本当に」
「最高の夏だった」
「来年も同じぐらい楽しかったらいいね」
未だにどんどん打ち上げられている花火を見ながら、翔達は口々に語り合う。
来年も、そしてその先も。
翔はできればまたこの四人で花火を見れたらいいなと思った。
そして、最高の夏が最高の花火によって締められた。
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