第166話「写真……大事!」
頭の中に記憶を残す。
勉強に日々の家事。あらゆるもので人は記憶を更新し、塗り替え、適合して快適に生きようとする。
その中でも思い出というのは特にその人物をその人とたらしめる大事なピースらしい。
「いつ頃にお迎えが来るのですか?」
「そろそろだとは思うけど」
翔はカメラの手入れをしながら桜花の問いに答えた。
既に太陽は沈もうとしているし、たくさん遊び疲れた翔達は帰りの船を待っていた。
船長との事前の話では、日が沈む前には迎えに来ると言っていた。まだ今は沈んでいるとは言い難い。
つまりはまだ猶予があるということなので、翔はあまり心配していなかったのだが、桜花はそうではなかったらしい。
気温が下がり、肌寒くなったので、桜花は水着の上にパーカーを羽織っている。水着の上にパーカーを着る、という最高のシチュエーションだったので、翔は無理を言って、海に入ってもらい、夕陽との最高の一枚を撮らせてもらった。
桜花はこのまま船長が来なかった時のことを考えているのだろう。
ここには何も無い。
無人島なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、雨を凌げる簡素な小屋さえなく、また食べられるようなものもない。実際には山の中に入れば何かあるのかもしれないが、実際に入るような勇気はないし、そろそろ暗くなってしまう。
食料を確保すると言っても、散々遊び回ったせいで、もう当分は海にもプールにもお風呂にすら入りたくないと思えるほどに水と触れ合ったので、もう気力がなかった。
翔はどう足掻いても為す術がないことを前から理解していたので、慌てることも無く、カメラをいじる。
このカメラには沢山の写真が詰まっている。手動でしている分は翔が自分で撮ったものだが、定点にしておいたので、何時でも好きな時に好きな場所を見られる。
言わば、ホームビデオのような使い方をしていたのだ。
桜花がそれを知ると怒ってしまうだろうか。この大事な大事な中身を消去しろというのだろうか。
翔はそう考えると恐ろしくてとてもではないが、打ち明けることができなかった。
「先程からカメラを触っていますけど、もしかして壊れてしまったのですか?」
「いや?そういう訳じゃないよ」
少し声が裏返ったような気もするが、きっと聴力がおかしくなっただけだろう。桜花にはきっと正常に聞こえていたに違いない。
「声がおかしいような気がしましたけど……」
どうやら疑問は持たれてしまったが、そこまでだったらしい。
「思い出だからな」
「そうですね。アルバムを見ることが楽しいのはきっと、思い出が沢山あるからです」
「僕と桜花のアルバムを作らないとな」
何も言わないのは不自然だと思った翔はカメラと関連付けて、思い出の話へと切り替えた。桜花はその翔の話に合わせて、とてもじんとくるような言葉を言った。
「私と翔くんの……?」
「あぁ、だってもう家族だろ?」
「そこは彼氏と彼女だから、と言ってはくれないのですね」
「……ごめん」
本当は翔だって、そう言ってやりたかった。それが彼氏の役割でこのように話を持っていった翔の責任だと分かってはいたのだが、どうしても頑張って口にした言葉は核心には当たらずも遠からずな言い方になってしまっていた。
「昔の写真も探さないとな」
「小さい頃の写真も探すのですか?」
「家にあったかな……?物置部屋とかに埋まってそ……う」
はっと気づく。物置部屋はもう存在していないことに。
「どうしました?」
一方でまだ気づいていない桜花は翔の表情の変化を感じて訊ねる。
「いや……もう桜花の部屋だったな、と思って」
「私の部屋にあるのですか」
「分からない。桜花の部屋としてあそこを変える時にどこか別の場所に置いたような気がしないでもない」
翔が覚えていない、という訳ではなく、梓ならやりかねないという意味だ。
桜花も一緒に暮らしている翔がそんな曖昧な覚え方をするような人ではないと理解しているので、他に該当する人はと探したようで、
「……なるほど」
翔と同じ思考まで辿り着いた。
「まぁ、桜花が家に来てくれたところからでも区切りになるだろ」
「昔の頃からアルバムを作りましょう」
「え?」
「私と翔くんのアルバムなら、幼少期も入れるべきです」
「でも……。写真が」
「探しましょう。家に帰り、すぐに」
「……今日は寝ませんか?」
桜花が急に意固地になって、小さい頃の写真もアルバムに入れると言い出した。
翔はなぜ先程まで気乗りではなかったような桜花が急に乗る気になったのかが分からなかった。
しかし、桜花が意固地になるときは何かと理由があることが確かなので、翔はその理由を探し始めた。
そして、些細な事に行き着いた。
(もしかして……「僕と桜花のアルバム」だからか?)
結論から言えば、それは正解だった。
翔がもしも、桜花に「付き合ってからのアルバムを作る」と言っていれば、こうはならなかっただろう。先程に翔が提案したような、桜花が翔の家にきた頃からのアルバムになっていたはずだ。
しかし、翔と桜花はそれよりも以前に会っている。それどころか幼馴染として一緒に遊んでいたのだ。
桜花は「私と翔くんのアルバム」ならば、その時の様子も思い出として残すべきだろう、と言っているのだ。
「気力で探せばすぐに見つかりますよ」
「……それは見つからない時に言うセリフ」
「知りません」
どうしても、と聞かない桜花に苦笑する。全てが分かって、桜花の様子を見ていると、そうさせようと一生懸命で愛おしい。
「家のどこかにはあるんだから、ゆっくりでいいよ」
「……」
「桜花?桜花さ〜ん?」
桜花は隣に座り、身体を預けてくる。
呼び掛けるも何の返答もなかったので、翔はどうしたものかと頭を悩ませた。
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