第157話「無人島」


 船長に別れを告げ、また日が暮れる頃にやってきてもらうように頼んだ。

 相変わらずの無愛想ではあるが、修斗が信頼を置いている人物なので心配はしていない。もし来なければ、桜花と無人島生活しないと行けなくなるが、その時はその時だと割り切ることにした。


 船に積んでいた数々の必要な物品を無人島で広げていく。


 まずはパラソルだろう。


「よし、開けるぞ」

「シートも敷きました」

「ありがとう」


 ちょうど陰になるようにパラソルを差す。

 じりじりと照りつけていた日差しからの退避場所ができ、翔はほっと息を整える。


 桜花は蛍の策略によってまだ日焼け止めを塗っていない。そんな状況の中で日差しを浴び続けるのは大変危険だ。そのために翔はいつにも増して急いだ。


「ふぅ。なかなか疲れるな」

「お疲れ様です。でもこれから沢山遊ぶのですよ?」

「カメラも持ってきた」


 翔が自慢気に持ってきたカメラを桜花に見せると、桜花は堪えきれなくなったようでくすっと笑った。


「な、何だよ」

「いえ、翔くんもはしゃいでいるので、つい可笑しくて」

「桜花もだろ」


 翔はそう言って、カメラを向け、シャッターを切る。心から可笑しそうに笑っている桜花がカメラに写っていて、後で現像して部屋に持ち込もうと決める。


「よし、遊ぶか」

「そうですね」


 翔はそう言うと躊躇いなくペアルックだった服を脱ぎ捨てた。元より水着を装着しているので恥ずかしい、という気持ちは全く湧いてこなかったが、桜花はそういう訳には行かなかったらしく、何も言っては来ないが顔がうっすらと赤くなっていた。


 日焼けしているぞ、と茶化してやろうとも思ったが、本気にされては困るので何も言わなかった。


 水着というのは下着よりも気持ち的にずっと健全な気がする。

 下着と同じように男はパンツ一枚なのだが、それだけで公衆の面前に出ていっても平気でいられるというのはやはり、水着の加護でもあるのだろう。


 しかし、水辺に限るが。その辺の道路や山の中で水着姿でいるのは変態とそう変わらない。


 翔がしみじみとそう思っていると、桜花が翔に背を向けて、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。桜花も下には水着を着ているので如何わしいことはない。


 白のブラウスがお腹から捲られていき胸部辺りで反転する。

 背中は細い一本の線のみが確認でき、頭を振って髪を靡かせる桜花に翔はごくり、と生唾を吞み込む。


 水着が健全だって誰が言ったのだろう。何だか、こう……のために脱いでいるような錯覚がして大変えっちである。


 桜花がショートパンツに手をかけて下ろしていく姿を瞬きも忘れて凝視してしまう翔は別の意味で健全な男の子だと言えるだろう。


 乳白色の艶やかな生脚が根元から惜しげも無く晒されていて翔はもう少しで鼻血を吹き出しそうだった。


 いつもそれなりに見慣れていて、大丈夫だろう、と高を括っているとこのザマだ。

 ばくばく、と小うるさい心臓を何とか宥め、振り返って目が合った桜花と見つめ合う。


 何故か視線が外せない。桜花も同じなのかどちらも惹き付けられたように瞳が交差し、瞬きすらも忘れて見つめ合う。


 翔の水着はサーフパンツと呼ばれる、ゆとりを持った水着だ。競泳用のピチピチしたものは確かに泳ぎやすいのだが、そこまで速さに拘る訳でもないし、何より目立つので中学生の頃にはこのサーフパンツに変わっていた。


 桜花の水着は誰が予想したであろうか藍色のビキニだった。フリフリが付いていて年頃のあどけなさも出しつつ、藍色という大人な感じも漏れ出ていて、妖艶でもあった。


「とても……綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」


 翔は心から思ったことをそのまま口に出した。何も飾らないその言葉は少なかったが、それでも中に込められた意味は飾った言葉以上のものが込められていただろう。


 桜花は自分の水着姿をまじまじと見られて恥ずかしかったのか、褒められて嬉しかったのか、恐らくその両方なのだろうが、頭から湯気を出していた。


「翔くんも……その、似合ってますよ」

「あ、ありがとう」


 ぽりぽりと頬を掻く。翔が着ているこの水着は中学生の頃に買ったものだが、とてもお気に入りであまり身体も成長しなかったので、そのまま使っていたのだが、自分のお気に入りを褒められて嬉しかった。


 何となく浮いた雰囲気になっているのを感じながらも、はやくパラソルを立てた意味を思い出す。


「「えっと……」」


 桜花も翔と同じことを考えたのだろうか、全く同じタイミングで話し出してしまい、また黙り込んでしまう。


 桜花と二人きりは慣れているはずなのに、布面積が小さくなっただけでここまで動揺してしまうとは思ってもいなかった。


「僕、先に泳ぎに行って……?」

「待ってください!塗ってあげます」


 翔がいたたまれなくなって逃げ出すために泳ぎに行こうとしたのだが、立ち上がろうとした瞬間に桜花に手を取られる。


 桜花のもう片方の手には日焼け止めクリームがあった。

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