第156話「いざ無人島へ」


「もう僕達以外誰もいない!」

「船長さんはいますよ」

「見えてないからいいの!」


 桜花からの冷静なツッコミにガバガバ理論で流す翔は太陽光を反射して輝く海を眺める。


 その翔に寄り添うようにして、同じく海を眺めているのは桜花だ。


「まさかこうなるとは」

「そうですね……」


 翔達は視線を落とし、自分の服装を見たあとに自分で選んだはずの相手の服装も見る。

 すると、驚いたことに全く同じ格好をしていたのだ。


 昨日は驚きすぎて声にならなかったことを思い出す。


 白のブラウスにデニム柄のショートパンツを合わせた浜辺がよく似合いそうな服装の桜花に、こちらも同じく白のシャツに黒のパンツを合わせた翔。

 桜花は日焼け予防のために麦わら帽子を被っている。白い服に麦わら帽子、という翔の夢を実現させたような美少女がそこにはいた。


 図らずもカップルコーデ、ペアルックというものになってしまっていた。

 相手を思い、自分が出来る最高のファッションを目指した結果、同じような服装になったのだ。驚きこそすれ、悲しみはない。


 桜花も翔もこの服の下に水着を装着している。無人島に着いたら直ぐにでも海に繰り出して遊びたいからだ。


 修斗の伝手で無人島までの船を出してくれる船長に感謝しつつ、早く着かないかな、と思わずには居られない。


「カップルに見えるな」

「もうカップルなので見せてもいいのです」

「誰もいないけど」

「また今度にしましょう。それとも船長さんに見せますか?」

「いや、それはちょっと」


 船長は無口な人で顔が歴戦の勇士なので、あまり刺激させたくは無い。根はいい人だと言うのは分かっているのだが、視界からの情報というのは恐ろしいもので、すっかり気後れしてしまっていた。


「潮風が気持ちいいです」

「落ちないように気をつけろよ」

「もし落ちても助けてくれるのでしょう?」


 今日の桜花は少し浮かれているのか積極的だ。

 試すような物言いに翔はすぐに言い返すことが出来ず、桜花から顔を背けた。


 本当なら当たり前だろ、と返すところだったのに。翔は久しぶりのヘタレに自分で歯噛みする。


「落ちないようにするから、その問いは無意味だ」


 翔はお返しに桜花の手を取った。

 桜花はそれを拒むことなく受け入れ、指同士を絡ませていく。


「ちゃんと捕まえていてくださいね」

「あぁ、ちゃんと離さないよ」


 どちらともなく笑みが毀れ、笑い合う。

 まだ無人島にはつかないらしいが、道中も暇にならなくてよかった。

 桜花が楽しみにしてくれていてよかった、と心から思う。


 翔が水着に反応したせいで、快諾とは行かなかったので、もしかしたら乗る気では無いのか、と不安だったので、桜花が楽しそうで翔も嬉しくなる。


「日焼け止め塗ったか?」

「蛍さんに現地で塗った方が良いと言われたので言ってません」

「蛍に言ったのか?!」

「え……。ダメ、でしたか?」

「いや!そんなことないぞ」


 今日は奇しくも雲一つない晴天で紫外線も強そうなので、今すぐにでも日焼け止めクリームは塗るべきだと思ったが、それよりも蛍に知られていたことに翔は驚愕した。


 蛍に知られたとなるとカルマに知られるのも時間の問題だ。後でどんなことを言われるのか。想像するだけでも恐ろしい。


「現地で塗るって……何か意味があるのか?」

「何でも、うつ伏せで全身に塗り込めるから、と」

「はぁ……」


 腑抜けた相槌が漏れる。

 桜花は純情なので蛍の助言をそのまま受け取っているので何の不思議も抱かないのだろうが、翔は少なからず心が穢れてしまっているので蛍の助言の本当の意味に気付いてしまう。


 ため息にも似た相槌はもしかすると、蛍に対してだったのかもしれない。


「桜花……」

「何ですか?」

「うつ伏せになっても、立ったままでも桜花の手は背中に届くのか?」

「……その条件は意味がないのでは……あ」

「そういうことだ」


 翔は少し回りくどいが伝えることにした。聡明な桜花はすぐに翔の意図していることを察した。

 だが、気付いたのだが、それの何がいけないのかが分かっていないようだった。

 今の桜花の心境は、塗るタイミングはいつでも良かったのに蛍に現地でと言われてしまった、と言ったところだろうか。


 翔はこの先も教えるか迷ったが、そのままにしておくことにした。


「一番初めにパラソル立てなきゃな」

「後で、でも構いませんよ」

「安全地帯を確保することの方が大切だから」


 可愛らしく首を捻る桜花の頭を翔はそっと優しく撫でた。

 桜花はされるがままで気持ちよさそうに目を細める。猫を飼ったことはないが、猫のようだな、と思ってしまった。


「翔くんも塗りますか?」

「……僕か」


 翔の心境としてはどちらでも良い、というのが本当のところだ。男なので肌が焼けてしまう、と言った心配はしていない。焼けるのなら焼けてしまって構わないし、その逆も然り。


「桜花が塗ってくれるって言うなら塗ってもらおうかな」

「翔くんの肌は焼けさせません」

「頼もしいな」


 そのため翔は桜花に選択権を渡した。桜花はやる気に満ちた声色で意気込んでいた。

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