第155話「いい服選ぼう」


 次の日。

 翔と桜花はクローゼットを開けて唸っていた。明日の海水浴デートのための準備は既に済ませてある。

 あとは当日の服を選ぶだけなのだが、これがなかなかどうして難敵で、思っていたよりも頭を悩ませる。


 いつもの翔なら、ファッションの「フ」の字も知らないので適当に選ぶのだが、きっと心の奥底で今回はしっかりしようと思っているのかもしれなかった。


「……分からん」

「私も沢山貰いましたから……悩みます」


 桜花は桜花で翔とは別の悩みがあるようだ。梓と佳奈から貰った服はもう桜花が自分で服を買うことが無くなるのではないか、と疑うほどに多く、桜花は何を貰ったのかを確認するだけでも一苦労している。


 どうして翔の部屋で貰った服を広げているのかは分からないが、時折、桜花の目を盗んで何を貰ったのかと見ることが出来るのでよしとしよう。


「何があるのかを把握するだけで一日が終わってしまいそうです」

「僕も手伝うよ」

「いえ、翔くんは自分の服装を選ばないと……!」

「桜花の方が大変だろ?」


 翔は部屋の隅に置いてある紙袋に目をやる。あの中にも桜花がまだ目を通していない服が沢山入っている。


 桜花の返事を待つことなく、翔はえっちらおっちらと桜花の近くまでその紙袋を運び、一枚ずつ見ていく。


「いい服を沢山貰ったんだな」

「材質も拘った逸品ばかりらしく……。私には勿体ないです」

「そんなことはないと思うけど」


 翔がぽつりとそう呟くと、桜花はこほん、と一つ咳払いをした。


「私にばかりではなく翔くんにも……」

「まぁそう言うなって。母さん達は桜花のために買ってくれたんだから」

「そうですけど……」

「それに、僕は服装にあんまり興味が無いから。そんな僕に服を買ってきてもつまらないだろ?」


 翔がそう返すと、桜花はむすっと頬を膨らませた。この顔はどうしようも出来ないと分かっていながらも納得がいっていない、という顔なので翔は苦笑するしか無かった。


 すると、ふと桜花が妙案を思い付いたらしく、膨れっ面から一変し、閃いた顔に。


「私が翔くんの着ていく服を選びます」

「あ、ありがとう……?」

「翔くんは私の着ていく服を選んでください」

「え?」


 翔は耳を疑った。今、桜花が自分の服を選んでくれ、と言ったような気がしたのだが、気の所為だったのだろうか。

 もし気の所為では無いのだとすれば、桜花は翔のファッションに興味が無い、ということを忘れているのではないだろうか。


 そう翔が首を捻って考えていると、桜花は少し恥ずかしそうに続けた。


「その……自分の服を決めるの難しいですけど、想い人の……なら、できそうな気がしませんか?」

「なるほど」


 想い人と桜花の口から聞こえて、翔の頬が赤みを指すが、確かにそれならば、できるような気がする。


 自分の服に悩むのは相手にどう思われるのかが気になるからであるのが、大きな理由である。それならば、いっそのこと相手に選んでもらおうと言うのが桜花の提案だった。


 翔の服装問題は解決しそうだが、果たしてファッションセンスが皆無の翔に桜花のコーディネートができるだろうか。


 元々の端正な顔立ちで何を着ても似合うのだろうが、よりよい格好でもっと可愛く見せたい。


「僕が桜花の服を選ぶのか」

「はい。ただ……水着はもう着ていくつもりですので……その……」

「分かった。露出の多い服は避けるようにするよ」


 翔はここで下着と勘違いするような女性経験皆無の失敗は侵さない。

 だが、海に入ったあとの帰りは一体どうするつもりなのかは少しだけ不思議に思った。


「一応、お互いの希望を聞いておきましょう」

「僕の希望はないよ。桜花の好きなようにしてくれ」

「私は先程のことだけです」


 確認し合って翔と桜花はお互いの服を選び始めた。

 背後で桜花が自分の服装を決めてくれている、と思うと男としては嬉しいようなもどかしい気持ちになる。


「翔くんの服は少ないですね」

「まぁ普段は学生だしな」


 学生の平日はほとんどが学生服、つまりは制服なのでそんなに私服を着る機会が無いのだ。桜花が来るまでの休日はずっと家に居たので尚更だ。


 そんな翔の服事情とは裏腹に桜花の服は目眩がしそうなほど多い。


 翔がなけなしの頭で考えた結果、露出を控えながらも涼しいと思えるような物を選ぶことにした。

 簡単に言えば、長袖や長ズボンといった冬に着るような服は選ばないということだ。


 紙袋の中には季節感など皆無でぐちゃぐちゃに詰められているのでこれは骨が折れそうだな、と桜花に聞こえない程度にため息を吐く。


「ごめんなさい、多いですよね」

「桜花が謝るようなことじゃないよ」


 翔の手が止まっていて、服の擦れる音が聞こえないので勘違いしたのか、桜花が謝ってくる。


「こんなにあると毎日違う雰囲気の桜花が見られそうだね」

「毎日翔くんが選んでくれますか?」

「それは困るな……」


 手を動かしながら会話を弾ませる。

 桜花の方も悩んでいるのか、服の数は少ないにも関わらず、未だに悩んでいるらしい。


「おっ?!」

「どうしました?」

「いや、何でもないよ」


 翔は慌てて見つけたそれを紙袋の中に隠した。

 ……下着が入っているなんて聞いていない。


 翔は先に言っておいてくれ、と思ったがそれを知っていたならばそもそも翔に触らせはしなかっただろう。


 前途多難だな、と翔は気を引き締めた。具体的には桜花に下着が混ざっている、とバレないようにするために。

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