第136話「今日はまったり」
「ふぃ〜。疲れた」
「お疲れ様でした。大分終わったようですね」
「うん。あと、これだけ片付ければ終わり」
翔はそう言って、手に持った冊子をひらひらとさせる。
残りの宿題が僅かとなり、翔はやり切った、という達成感に浸りそうになったが、まだ全て終わった訳では無いので何とか脱力しないように踏ん張る。
桜花は写真を確認した日にはもう終わらせていたので、翔の面倒を見てくれている。何とも有難いことなのだが、問題の答えを没収されてしまったので、書き写すという鉄板の逃げが出来なくなったのが辛い。
最初はあの手この手で何とか取り返そうと頑張ってみたものの、徐々にそれが意味のないことだという風に理解し、それからは真面目に取り組んだ。
それにしても、桜花は答えを見るまでもなく、「ここが違います」と指摘してくれるので答えを見る手間がかからず楽といえば楽なのだが、よくそこまでの知識を頭の中に蓄えておくことができるな、と素直に感服する。
翔は特に記憶の定着が苦手なので、どうしてそこまで覚えきれるのかが不思議でならなかった。
桜花曰く「翔くんは数学の問題を沢山解くでしょう?それと同じで暗記教科と呼ばれるものも量をこなせばいつの間にか覚えているものです」だそうだ。
量をこなす、と言っても暗記科目は単語帳などの見て覚えるものしか心当たりがないため、どうやって量をこなすのかが分からない。
今は桜花と一緒に遊びながら覚えているので問題は無いが、これがもし桜花がここに居なくて、一人で勉強するようになっていた場合、恐らく、翔は数学以外の点数が直視し難いものになっていたのではないだろうか。
赤点になり、須藤と同じように補習を受けることになっていたのではないか。
そう思うと、今の状況に深く感謝したくなった。
「最後に残したのは英作文ですか」
「夏休みの宿題で原稿用紙2枚分の英作文を書くとか……どんな拷問だよ」
「題目は決められていたので書きやすかったですよ」
「僕はちゃんと日本語に書出してからじゃないとマシな英作文にならないから二度手間なんだよな」
「力になるならそこで面倒になっては行けませんよ」
桜花の激励に、翔は気合いを入れるため息を吐くとシャーペンを握った。
題目は「今、あなたが情熱を捧げているもの」というもので、全く書きやすくない。むしろ書きづらい。
部活動生や外でクラブチームに入っている人ならば、簡単に書けるかもしれないが、帰宅部の翔にとって、情熱を捧げているものがすぐに見つからない。
趣味の一つや二つがあればよかったのだが、勉強が忙しく、桜花と話したり、遊んだりする方が楽しいので、中学生時代までやっていた趣味がいつの間にかしなくなっている。
「これ、書きやすいか?」
「翔くんの毎日している事は何ですか?」
「……読書?」
「それを書けばいいのです」
「それを書くって……。情熱を捧げているものだろ?」
「それを真面目に受け取っては書けるものも書けませんよ。翔くんが何か部活動をしているのでしたら話は別ですが、そうではないでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「なら、日頃行っているものや、今マイブームが来ているものを書くしかないのです」
「珍しく熱いな」
「翔くんの宿題が終わるので」
情熱を捧げているものなのか、どうかは本人以外に知る由がないので、構わないだろう、ということらしい。
翔の宿題が終わると何が待っているのかは知らないが、兎も角も桜花がここまで熱く語るのは珍しい。
「読書で書く……」
思考の隅にも引っかかることのなかった案に翔はしみじみと呟いた。
しかし、それが良いのであれば桜花について書くのはダメなのだろうか。
情熱、と言うよりも愛、にはなるが読書よりも捧げているつもりでいるし、原稿用紙2枚分の英作文など、すぐに終わらせることが出来そうな気がする。逆に枚数制限に引っかからないか、と心配になるほどだ。
翔が桜花の方を見ながらじっと考えていると、
「な、何ですか……?」
桜花は照れたようにもじもじと身体を揺らした。
「いや、何でもない」
「……何か隠されているような気がします」
「全くの気の所為だ」
翔は内心で冷や汗をかきつつ、それを誤魔化すために桜花の頬をむーっとつねってうりうりと動かした。
「やめふぇくあさい」
「可愛いなぁ」
「なんふぇふぇすかぁ」
ちょうど良い頬の感触に溺れそうになった。翔は少し名残惜しいが桜花の機嫌が悪くなる方が嫌なので大人しく手を離した。
急なことに叱責が飛んでくるかと思ったが、桜花は「もうっ」と悪戯好きの子供を宥める母親のような反応を示した。
翔はその様子にどきどきさせられた。
そして、悪戯心がくすぐられる。もう少し……しても桜花は怒らないのではないだろうか。何だかんだいっても受け入れてくれるのではないだろうか。
どんどん、するべきではない、から、これは怒られないだろう、になり、受け入れてくれるに違いない、と自分でハードルを高くしていく。
そんな思考が顔に漏れていたのだろうか。
「これ以上はめっ、です」
「ぐはっ……!!」
桜花からの布石が打たれ、出来なくなってしまったものの、桜花の言葉選びが可愛らしく、翔は軽く吐血する羽目になった。
余談だが、英作文は桜花についてを、桜花だと分からないように書き綴った。
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