第135話「黒歴史の方」


「何か通知が来ましたよ」

「カルマからだ」


 翔はすっかり失念していたが、このパソコンを買って貰った時に、自分のスマートフォンと同期させていたので、スマートフォンに来た通知もパソコンを通じて確認出来る。


 この時間にカルマからのメール、ということで嫌な予感しかしなかったものの、隣の視線が「見ないのですか?」と訴えてきて、翔は火の中に入る虫の気持ちでその受信したメールを開いた。


「……?!」

「ダメですっ!」


 翔が何かを言うよりも先に桜花は翔の目を手で覆って塞いだ。

 しかし、視覚からの情報は残念ながら正確に伝わっており、翔は言葉にはしないものの、カルマからの写真に絶句していた。


 もう終わったのかはやいな、という感想よりも、どうしてその写真をトップに選んだんだ、という悪戯心を問いただしたい。


 誰が好んで自分達が真っ赤に顔を染めながらアベックストローで同じ飲み物を飲んでいる写真を見たいと思うのか。

 桜花の表情だけなら見たい気もするが、写真の半分は自分が写っているので、差し引きマイナスで結論、見たくない。


「桜花……前が見えん」

「目隠ししてますから当たり前です」

「目隠しを解いてくれませんか?」

「いやです。この写真をどこかに追いやってくれれば目隠しをやめます」


 視覚が使えない状態でどうしろ、というのだろうか。

 翔は「ええい、ままよ!」と半ばやけっぱちでマウスを動かす。


「あわわ……!」

「うわっ?!え?何?!」


 どうやら変なところを押してしまったらしい。声からして慌てた様子の桜花が今度は腕で抱え込むようにして翔の視界を奪う。後頭部に女性特有の柔らかい感触があるが、一瞬の解放時に見た画像を見てそれどころではなくなった。


 翔と桜花がお互いを求め合うようにして深く抱擁を交わしていたのだ。

 これも見たくない。翔が完全な後ろ姿であったならば、見たかったが、絶妙に翔も桜花も横顔が見えてしまっていた。


「これは色々とまずいのでは……?」

「そうです!早く変えてください!」


 翔の言葉は別のことに変換されてしまったらしい。だが、間違いではない。それに、しばらくこのままでいたい、と感情が告げている。


 翔が再びマウスを操作する。


「これもダメですっ!」

「何が写ってるんだ?」

「見られたくない姿です……」


 何だろうか、と頭を働かせるが、これといって見られたくない姿、というのは想像ができない。


 翔がいの一番に思い浮かんだのは下着姿だったが、そんなところをダブルデート中に見たことは無いし、口調から何となくではあるが恥ずかしいから、という理由ではない気がした。


 何か汚名になることでもあったのだろうか。四六時中一緒に行動していたはずなのに、記憶力が弱いせいか、なかなか思い出すことが出来ない。


「蒼羽くんからのメッセージです」

「何て書いてある?」

「『今送ったやつは厳選に厳選を重ねた超ベストショットだ!ナニするなり好きに使え!』だそうです」

「桜花の敬語以外を初めて聞いたかも」

「少し変な感じがしました」


 慌てて話をずらした。

 桜花に読ませた翔も大概ではあるのだが、このような文を送ってきたカルマが悪い。


「何か返信しますか?」

「返信ねぇ……」


 正直、この手の話は桜花がいない所で行いたい。どうしても桜花のことが気になって、本心を返せそうにない。


 翔はこの状況で返答するのは無理だ、と結論付けた。


「後でしておくからいいよ」

「そうですか」


 桜花は何故か囁き声で翔の耳元で言った。ぞくりと背中を撫でられるような我慢し難い感情が身体中を駆け巡った。


「耳を攻撃するんじゃない」

「無理です」


 ふーっと息を吐かれ、甘噛みされた。視界が真っ暗なのでより深く鮮明な想像ができ、翔は羞恥で真っ赤に染る。


「可愛いですね」

「う、うるさい」

「いつもの切れがなくなってますよ?」

「この体勢は……反則だろ」


 背後からがっちりホールドされて、弱点である耳を弄られる。確定敗北である。


 珍しく好戦的な桜花に翔は耐え凌ぐことしか出来ない。今は何とかして耐えているが今にも理性がどこかへ飛んでいってしまいそうだ。


「反対もですか?」

「そんなことは……言ってない」

「遠慮はダメですよ」

「どうして急に……?」

「私の腕の中にいる翔くんがどうしても可愛くて……。後は蒼羽くんから送られてきた写真ですかね」


 翔は男だが、桜花に可愛い、可愛いと連呼されると、否が応でも意識してしまって、恥ずかしいことこの上ない。


 自由な両手を使って形成を逆転させることは容易いだろうが、下手に変なところは触れないので、翔はどうすることも出来なかった。


 その判断は正しいのか正しくないのか。


「もしかして、こちらの方が弱いのですか?」

「桜花が……S気質だ……」

「そうかもしれませんね」


 ふふふ、と笑う。声だけしか分からないがこれはきっと妖艶な表情をしていることだろう。


「後でやり返すからな」

「やり返されないようにへにゃへにゃにしてあげます」

「ごめん!冗談だから!……あふん」


 翔が桜花から開放された時、翔はぐったりして暫く動けなかった。



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