第131話「これぞカップル」


「えっと、恋人ドリンクと……え、本当にこれ頼むの?」

「往生際が悪い」

「恋人パフェください」


 カルマが自分達の注文する物に躊躇したが、蛍がその後を受け継ぎ、カルマ達も注文した。


 ジャンケンの結果は勿論惨敗。

 翔は薄々予感していた結果に不満を感じながらも疑問は感じなかった。


 恋人パフェや、恋人ドリンク。


 名前を読むだけでも頭が痛くなるようなネーミングに誰が一体この名前を採用したのだろうか、と文句を言いたくなった。


「お待たせ致しました」


 恋人、というのだから、勿論二人一組で食べることを前提としているらしく、翔のせめて別の皿であってくれ、という儚い思いは潰えた。


「……ッ!」

「……マジか」

「うわぁ。凄いね」


 目前にやってきたドリンクに翔は絶句した。いや、正確にはドリンクにささっていたストローの形に言葉を失った。


 それは見事なハート型をしていて、吸口が左右二つにあった。これが意味することは一つしかないだろう。


 助けを求める目で桜花を見つめると、桜花は好奇心に満ち溢れた表情をしていたので、早々に通じないことを悟った。


 しかし、桜花の口から「綺麗なハートです」と零れたのを聞き取った。どうやら、このハートストローが意味することをまだ桜花は知らないらしい。


「そ、そっちのパフェも美味そうだな」

「翔〜。緊張が漏れてるぞ」

「うるさい」


 声が上擦る。翔は話を続けて時間を伸ばそうと試みたのだが、カルマに即座に見抜かれてしまった。


「カルマくん、美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「はい、あ〜ん」

「あ〜ん」


 勝者の余裕なのか、カルマは蛍と食べさせ合いっこをし始めた。

 カルマが食べさせてもらった分を咀嚼し、飲み込んだ後、翔を気遣うような言葉を投げてきた。


「気楽にやれよ、な?」

「元はと言えばカルマが……!それにカメラを構えながら言うな」

「何言ってるんだよ。これを撮るためにそのメニューを注文したんだぞ」


 やはり、そうか。

 翔はジャンケンを申し込まれた時からもしや、と考えていたことが現実となり、内心叫ばずにはいられなかった。


 どうして、友人の前で恥ずかしいことをしなくてはならないのだろう。


 そう思わずにはいられない。


「これは二人が一緒に吸わないと飲めないのですか……!」


 一人、マイペースに観察や、考察をしていた桜花が世紀の大事件だ、とでも言うようにぽつりと零した。


「そうだよ。翔くんと一緒に吸わないと飲めないよ」

「そ、そうなのですか……」


 翔がなかなかに渋るので攻撃対象を切り替えた蛍が桜花に攻めかかった。陥落は相当に早く、桜花は何か言いたそうな表情で翔を見る。


 その何かはとうの昔に分かっている。しかも、桜花にそんな顔をされてはする以外の選択肢がないでは無いか。


 翔は蛍に対して「策士め!」と心の中で吐いた。


「……」

「……」

「ほらっ!」


 翔も桜花も恥ずかしさが先行してしまって、なかなか口をつけようとはしない。


 しかし、このままの状態でいても埒が明かないのは明白な事実だったし、外野が五月蝿いので、翔は外野を意識の遠く彼方へと追い出して、目を瞑り、何も考えることなくストローの端っこを咥えた。


 カップルで飲むような典型的なストローをアベックストローというらしい。これは先程も桜花達が話していたように、一人の吸引力では飲めない仕組みになっている。

 そのため、どうしても誰かと限りなく顔の距離を近付けて、一緒に吸わなければならない。


「桜花ちゃん!」


 蛍の後押しもあってか、隣からふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐったので、桜花も動いたのだろう、と予想する。


「いいねぇ!この焦れったい時間もいいッ!」


 聞き覚えのある声が、高らかに喜んでいるのを聞きながら、翔は後で撮った写真を消去してやろう、と思った。


「翔くん」


 桜花に名前を呼ばれ、うっすら瞼を開く。

 すると、桜花の顔が今にもキスが出来そうな程に近く、心臓が思い切り跳ねたのを感じた。


 頬だけでなく、顔全体が赤く染ってしまっている桜花だったが、目が合ったのを感じたのか、にこっと微笑んだ。


 張り裂けそうになる心に今にも過呼吸へとなってしまいそうだった。


 そして、桜花もストローを咥えた。息を合わせたように全く同じ瞬間に吸い込み、口の中に流れてくる何か冷たいものを感じた。


 連写しているような気もしたが、音が聞こえない。

 視界の端に顔を手で覆っているがその間からしっかり見ているゴシップカメラマンの彼女も知らない。


 ただ見えるのは桜花のきめ細やかな肌と、羞恥心に悶えている表情。

 ただ聞こえるのは翔自身の激しい心臓の動悸の音だけだった。


 もう心のどこかで見慣れた顔だと思っていたはずなのに、どうしようもなく見惚れてしまっていた。


 狂おしくなる程の感情が心の底から出てきて仕方がない。


 気が付けば、翔はカルマ達に見えないようにして、桜花の手を握っていた。


 熱い、桜花の手。


 初めはぴくっ、と可愛らしく反応したものの、直ぐに受けいれ指を絡ませる。

 視界を逸らしてしまいたいのに、誰かに固定されてしまったようで全く動かない。


 美味しいのだろうか。

 いや、きっと美味しいのだろう。

 だって、桜花も翔もずっと飲み続けている。


 しかし、本当のことをいえば、翔はもう飲んでいる物の味はわからなかった。

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