第132話「締めましょうか」


「楽しかったな」

「そうですね」


 翔は桜花に微笑みながら訊ねた。


 カルマ達による羞恥心で死に絶えてしまいそうなアベックストローの件に関しては、先程ようやく心の中で消化できたので、もう掘り返すことはしない。


 あの時の表情を写真に収められている、と思うと多少複雑な心境ではあるのだが、桜花のあの表情も収められているのだと思うと、仕方がない、と割り切れるような気がする。


「今日は楽しかったな」

「いい写真もいっぱい撮ったもんね」

「後で一緒に確認しような」


 蛍達も感想を言い合っていた。内容は少し聞き捨てならないものだったが、それでも満足そうな顔を見ていると何でもいいか、という気にもなる。


 翔達は逃げるように店を出たあと、色々と回ったのだが、どれも興味を引かれるものばかりで面白かった。


 店では撮られ続け、撮っていなかったので、反対に大量にカルマ達を撮った。だが、アベックストローのような悶えてしまうイベントは起こらなかったので、翔としては少し物足りない、と思ってしまった。


「お土産も買ったし」

「ちゃんと持ってます」


 桜花が手に持ったお土産を見せてくる。


 桜花の提案でお土産を買った。翔は今回のダブルデートは自分のお金を使ったので、親には要らないだろう、と言ったのだが「買います」と言い切られてしまい、流された結果、買うことになった。


 翔が持とうとしたのだが、翔の片手が荷物で塞がっていたのを見てか、桜花はかぶりを振ってその案をやんわりと断り、自分で持った。


 もう片方の手は空いていただけに、翔は不思議に思ったが、カルマ達がにまにまと笑っている様子を見て、そういうことなのか、と一つの仮説が浮かんだ。


「今日は本当に楽しかったよ。ありがとうな。俺の我儘を叶えて貰って」

「本当だよ。前々から言ってた夢が叶った気分はどうだ?」

「最高。俺の写真フォルダーも眼福な写真が沢山収まってるし」

「僕の分は今すぐ消せ」

「双葉さんとのツーショットが殆どだけど、それを消すのか?」

「僕の部分だけ加工してくれ」

「……翔くん」


 翔が真剣な顔付きでノータイムでカルマに言っているのを見て、桜花が呆れた声を上げる。


「諦めた方がいいよ。カルマくんは絶対に消さないから」

「蛍の分も沢山撮ったぞ。後で確認しよ」

「私のは撮らなくていいの!」

「蛍を一番よく撮れるのは俺だからな」

「むぅ……」


 うまく言いくるめられた蛍が不満そうな声を漏らす。


「楽しい時間はあっという間ですね」


 カルマ達を一歩引いたところから見ていた桜花が翔へと声をかける。


「その様子だと桜花も楽しかったようで何よりだよ」

「えぇ。楽しかったですよ。初めてのことも多くありましたし」

「お化け屋敷は桜花にだけ張り切ってたからな」

「お化け屋敷はもう行きません……」

「また連れて行きたいな」


 おどけた翔がそう言って茶化すと桜花はぺしっ、と翔の二の腕を叩いて頬を膨らませた。

 その様子に笑が溢れるのを抑えきれなかった。


「皆が楽しかったなら、このダブルデートは大成功だな」


 翔がそう言うと、桜花を始め、カルマも蛍も頷いた。


 もう終わりだということは口にしなくても雰囲気や時間がそう告げているのことは誰もが分かっていることだろう。


 何か言った方がいいのだろうか、と翔が口を開きかけたその時。


「今日はありがとう、カルマくん」

「あぁ、俺も楽しかったよ」

「ちょっと屈んで」

「こう?……?!」


 見知ったカップルが口付けしていた。


 男の方は全く予想外の事だったらしく、目をおろおろとさせ、明らかに戸惑っていた。

 見るべきでは無いのだろうが、見えてしまうし、見てしまう。


 たっぷりと時間を使い、お互いを確かめあったあと、ゆっくりと離れた二人を見て、翔は自分がした訳でもないのに、顔が熱を持っているのを察した。


「翔くん、見ましたか」

「見た」

「……写真に収めました」

「……流石だ」


 衝撃的な桜花の告白に目を丸くさせながらも親指を立てる。

 カルマは帰ってから自分の撮った写真を確認すると言っていたので、桜花が撮った写真は翔達が確認することになるだろう。その時にあの光景の写真があると考えると、カルマに見せつけた場合の慌てふためく様子が目に浮かぶ。


 内心でぐふふ、と笑っていると桜花が翔の顔をじっと見つめていることに気がついた。


「あ、ゴミがついてますよ」

「どこ?」

「取ってあげますよ。屈んでください」

「目元の近くか……?」


 翔はゴミを取るにしてはやけに近い距離に顔があるな、と思った瞬間に、頬に何やら柔らかく、湿った感触が伝わった。


 自分が何をされていたのかを分かった瞬間にどきり、と心臓が跳ねた。


「えへへ」


 いつもとは違う、照れているのだけれども嬉しそうな、幸せそうな、心の底から思っていたものが、口内で留まらず、うっかり漏れ出てしまったような笑みを零す桜花に翔は全ての心を奪われたように感じた。

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