第130話「魔のアベックストロー」


 写真を撮られる、ということに気を取られまい、と気をつけながら、翔達はぶらぶらと歩いていると、とある店に目が止まった。


 すると、その瞬間にシャッター音が鳴った。


「今の間にシャッターチャンスはなかっただろ」

「双葉さんと手を繋いでるから、つい」

「今に始まったことじゃない」

「ならお二人さんともこちらに注目して頂いて……」


 はぁ、と大きいため息を吐く。

 写真撮影が許可されたその瞬間からカルマはすっかりプロのカメラマンかと疑う程に事ある毎にカメラを構えてくる。


 桜花が図らずもカメラの方を向いてしまい、一枚撮られた。


「もう……」


 撮られたことにぷくぅ、と頬を膨らませる桜花。翔は苦笑しながら頭を撫でてやった。


 翔側もカルマ達を自由に撮ってもいい、というルールなので、撮る分には構わないのだが、翔はそれに乗る気がなかった。代わりに、桜花が乗る気だったので、カメラを渡しているが、未だにシャッターチャンスを捉えたことはない。


「また先を越されてしまいました」

「まぁまぁ。いつか来るよ」

「そうだといいのですけど……」


 桜花が不安そうにカメラを握っていると、蛍が翔達に合流した。急に止まったのが気になったようだ。蛍は翔に訊ねた。


「ところで何に目が止まったの?」

「蛍。……彼氏をどうにかしてくれ」

「まぁまぁ。カルマくんは一直線だから」


 理由になっていないが、彼女でさえ引き止められないことが分かった。


 翔は目に止まった店を指で指し示した。


「雰囲気に合ってないなぁ、と思って」

「確かに。この店だけ異質なことにピンク一色だね」

「何かあるのでしょうか?」

「行ってみるか」


 翔の言葉に桜花と蛍が頷く。

 ピンク一色の外見のそれはよくよく見ると、ハートが沢山散りばめられていた。


 入る瞬間に気づいたのだが、もう蛍は先行して入ってしまったので、心を決めて扉を開いた。


「いらっしゃい、四名様?」

「はい」

「どうぞ〜」


 早速出迎えてくれたのは、この店で働いているのであろう若い女の人だった。


 そして、この雰囲気と、醸し出される甘い香りに翔は否応なくここがどのような目的で建っている建物なのかを知らされる。


 恐らく同じ結論に辿り着いたカルマがそっと翔の裾を引っ張ってくる。


「なぁ、翔。ここって……」

「僕は、何も、知らない」

「ちょっと俺、外で待っててもいいか?」

「蛍」

「ほーい!」


 抜け駆けしようとしたカルマをがっしりホールドした蛍がぐいぐいとカルマを引っ張っていく。


「ここは一体……?」

「たぶん、カップルだけが入れる店だ」

「……だけ?」

「そうそう。いちゃいちゃしたいカップルはここみたいな守られる場所でしてるんだよ、きっと」

「偏見では無いですか」

「一重に偏見だ、とも言い切れないぞ。独り身のロマンだからな」


 翔が重々しく口にすると、桜花は意味が分からない、とでもいうようにぽかん、と呆けた顔をした。


「えっと……。僕は外で待たせて……」

「翔くん?」


 流石にカルマと同じ手は通用しなかったらしい。桜花と繋いでいる手が離すまいと力を増す。


「私達は……カップルですよ」

「恥ずかしいなら言うなって」

「言わせないでください」

「ふーッ!なら行くか」


 翔は覚悟を決め、せめて、カルマのように引き摺られることがないように並んで歩いた。


 蛍達が先に座っていた四人がけのテーブルに座る。


「やっと来たか。翔も逃げられなかったようだな」

「世界の果てまで逃がさない、なんて言われてしまうとな」

「い、言ってません!」


 カルマとの冗談の言い合いに桜花が慌てて翔の嘘に可愛らしく反応した。カルマ達に見えないところで、ぺしっ、と太腿を叩かれた。


「そんな翔くん達に朗報だよ!」

「悲報の間違いだろ」


 そんなカルマのツッコミに翔は何のことだろうか、と首を捻る。

 蛍はその翔の様子を見て、メニューを渡した。


 それを受け取り、目を落とすと……。

 飛び込んできたその光景に、その目が飛び出してしまうかと思った。


「うそん……」

「見せてください」


 桜花にメニューを渡そうと思ったが、翔が動くよりも先に、桜花が翔の肩口に顔を乗せて覗き込むようにメニューを見た。

 すぐ隣に桜花の顔があり、何だかとても落ち着かない感じがした。


「何ですか、これは」

「カップル限定店のカップルのためのメニュー?」


 最終的には自信がなくなったのか、蛍が疑問符をつけながら説明した。

 説明されても、未だにぴん、と来ていないらしい桜花はメニューと睨めっこをしたまま黙ってしまった。


「入ってしまった以上は、何か頼まないとダメだよな……」

「流石にね……」


 もし、通用する案があるとするならば、カップルでは無い、と言い張ることだが、それは自分も桜花も傷つけることは明白だったので、思い浮かんだ瞬間にかぶりを振ってその案を棄却する。


「もうこうなったら楽しむしかないだろ」

「カルマ……」

「ということで、俺と今からジャンケンな」

「は?」

「勝てば好きなものを選んだ上に相手のカップルに食わせたいものを食わせられるっていうルールだ」

「ちょ、ちょっと待て!それはカルマがしたいだけじゃ……」

「行くぞ!じゃんけ〜ん」


 突如始まった大事なジャンケンに気持ちの整理をつける間もなく、翔は参加する羽目になった。


 そして、忘れてはならないのは。

 翔がこういう勝負事においては確実といっていいほどに敗北するのだという事実だった。



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