第129話「写真を撮ろう」
「翔。俺達は何かを忘れているとは思わないか?」
「急に深刻な面持ちになったかと思えば……何を言ってるんだ」
「俺は真剣だ!」
「僕は半分冗談で聞いてる」
翔はカルマを軽くあしらう。何かを忘れているのではないか、と少し考えてみたが、あまりよく分からない。
カルマが言うからには彼自身の心の中では何か物足りないものがあるのだろう。
「何か分かるか?」
「何でしょう……」
隣の桜花にチュロスを食べさせながら訊ねてみるが、桜花にも見当はつかないようで首を捻らせた。
今更ながらに自分の持っているチュロスを桜花が食べるという状況に恥ずかしく、悶えたい衝動に駆られるが、カルマが平然としているので、比べられたくなかった。
「蛍は分かるか?」
「分かんない」
「何ッ?!誰も俺の言いたいことが伝わってない?!」
「結局は何が言いたいんだよ」
「教えてやろうじゃないか」
カルマはそう言うと、スマートフォンのカメラを翔達に向け、パシャッ!とシャッターを切った。
翔はその行為で、あぁなるほど、と思った。
写真を撮り、思い出として残すことをしてない、とカルマは言いたいのだろう。
「写真だ!!写真を撮ろう!!」
「まぁ、確かにこれを思い出として残さないのは勿体ない気もするな」
「また来ればよくない?」
「甘いぞ、蛍。その時々にしかない雰囲気とか気持ちとか記憶があるんだよ。それを見て、あの時はこうだったね、とか言いたいんだ!」
「カルマが乙女になってる」
「一回目はこんなことがあって、二回目はこんなこともあって、と区別できるしな!」
「蒼羽くんが熱く語ってます」
「私もカルマくんがここまで乙女だとは思ってなかったよ……」
驚いたようで蛍は一歩引いていた。
翔もそのような、感情を抱いたことがない、とは言えないが、堂々とカルマのように言葉に乗せて言えない。
「自分を撮るのは……ちょっと嫌かな」
元々あまり乗る気ではなかった蛍が自分の意見を口にした。
それを聞き、翔だけでなく、その場にいた三人全員が「可愛いのに勿体ない」と心の中でぼやいた。
「大丈夫。俺が撮る」
「そういう問題か?それ」
「私も……翔くんを撮るなら構いませんけど……。私自身は……」
写真を撮りたい派のカルマと口には出さないが、カルマと同じ気持ちの翔。
撮られたくない派の蛍と、理由は不明だが、翔を撮るならば構わないが、それ以外だとダメだという桜花。
本来ならば撮られたくない方の意見を通すのが、学校などでの決め方だが、しかし、ここは学校ではなく、しかも、ダブルデートである。
「俺は蛍の可愛い姿を写真に収めたいんだけど」
「でも……」
「今日のために御粧しだってしてきてくれてるし」
「……どうしても?」
「どうしても!後生だ!何なら一生のお願いを使う!!」
「一生が軽いな」
「翔くん!それは言ってはいけません」
泣きつかんばかりに蛍に頼み込むカルマに翔は少し呆れた目を向ける。一生のお願いはもう少し大事にするべきでは無いのだろうか。
「桜花もダメか?」
「私も撮られるのですか」
「むしろ僕は桜花だけが撮りたい」
「いやです」
落雷に打たれたかのような衝撃が走った。即答だったので、それも影響しているに違いない。
兎も角も、それを隠すことさえ出来なかったので、桜花も翔の気持ちを少なからず察したようで、小さな声で付け足した。
「……翔くんとのツーショットならいいですよ」
「やった!」
絶望の中からの天使の声に、翔は年に似合わず幼い少年のような声を上げた。
ぽかん、と呆けた桜花と一瞬の静寂を過ごした後、桜花がくすくす、と笑い始めた。
「な、何だよ」
「翔くんが可愛く見えました」
「……ふん」
翔は照れたようにそっぽを向くと、とんとん、と腕を叩かれる。何事かと振り向くと、その翔の頬に、桜花の細い指がぐに、と刺さった。
ふふふ、と心底嬉しそうな声で笑う桜花に恥ずかしいやら何やらで複雑な気持ちになった。
「良い写真!」
「仲睦まじいなぁ、まったく」
はっとカルマ達の方を向くと、先程まで写真を嫌っていた蛍が先程撮ったであろう写真を見てカルマと喜び合っていた。
話の内容から言って先程の翔達を撮ったのだろう。
頬に熱が集まってくるのを感じ、救いを求めようと桜花の方を見やると、桜花も同じように頬を染めていた。
「僕達を撮るのかよ」
「そうですよ。私達ではなくおふたりを撮ってください!」
翔達がそう言うと、カルマと蛍は顔を見合わせて悪戯っぽい笑みを零した。
「自分を撮るよりも他人を撮る方が上手く撮れる」
「だから、私達は桜花ちゃん達を撮るね!」
「身勝手!」
「俺達のも撮っていいぞ。主に蛍を撮ってくれ」
「カルマくん?」
こうして、翔カップルはカルマカップルを撮ることになり、カルマカップルに撮られることになった。
せめて、桜花を可愛く撮ってくれ、と願う翔だった。
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