第126話「カルマフィーバー」


 復活したカルマは今、翔達がいる場所がお化け屋敷だということに似合わず、元気だった。


 蛍からの愛の告白はそれ程までに効力を齎したらしい。


 翔ももし、桜花から耳打ちされると、カルマのような反応をしてしまうだろうことは簡単に想像できるのだが、自分はここまでではないと信じたい。


「俺に掴まってろ。絶対守る」

「……誰これ?」

「蒼羽くんですよ」

「カルマくんが平気になってる?!」


 カルマは蛍の手を強引に握ると警護するSPのように迫り来る妖怪達に警戒をし始めた。


「遂に筋肉に侵されたか……カルマ」

「馬鹿言え!俺は正常だ」

「それならさっきまでと別人になってる理由を述べよ」

「愛の力だ」

「やっぱり侵されたか」

「何でだよ……?」


 カルマはもう手遅れなので、蛍に丸投げすることにした。愛の告白だとか、愛の力だ、とか、恥ずかしい気もなく真顔で言わないで欲しい。


 告白を勧めてみたのは翔だが、それはノリであり、ほとんど冗談だ。


 お化け屋敷から出ればカルマの謎のフィーバータイムも終わることを確信し、翔はカルマ達が先に進んでいくのを見送った。


「翔くんのせいですからね」

「え」

「え、ではありません。翔くんが蛍さんに発破をかけるようなことを言ったからですよ」

「男のロマンでもあるから仕方なかったんだ」


 尋問を受ける受刑者の気分だった。

 男なら好きな人に耳元で囁かれたい、なんて妄想をすることは常々だろうが、これは残念ながら男同士でしか分かり合えないものである。


「翔くんの……ロマンでもありますか?」

「はい?」


 聞き取れなかった、と言うよりも内容が上手く頭の中に入ってこなかった。桜花の問いは翔の心をぐらぐらと揺れ動かした。


 翔はどう答えるべきかを模索した。


 このまま素直に肯定すれば、桜花は蛍のように、翔の耳元で囁いてくれるのだろうか。

 それをして欲しいという欲と、ここでするべきでは無く、どうせならもっと二人きりの雰囲気の良い時にしたいという欲が混ざり合い、翔の脳の容量を物凄い速度で消費していく。


 その時。


「あなたが皿を割りましたね……?」

「うわっ?!」


 割れた皿を持ち井戸から女の人が出てきた。思考していた分、周りへと警戒が鈍くなり、全く気づかなかった。


 声が漏れてしまったものの、その恐怖を引きずるようなことはしない。

 ここは先に行ってしまった方が賢明な判断だろう、と思い、桜花の手を引いて先へと進む。


 少し残念な気持ちになったが、元を正せばここはお化け屋敷なので、この気持ちをぶつけるのは完全なる八つ当たり、というものである。


 桜花は声に出せないほど、驚いているようだった。目を丸くして口を押さえている姿は微笑ましいものだった。


「楽しい?」

「怖いけど楽しいですよ」


 それから、翔達に会話をするような暇な時間は与えられなかった。


 日本一のお化け屋敷を肯定するかのように、待ち受けていた妖怪達が次々と翔達に怨念を邪念を憎悪をぶつけにやってくる。


 絶対に触れるほど踏み込んでは来ない、と思っていたので、翔は比較的にゆっくりとした足取りで進むことが出来たのだが、桜花はすっかり恐怖が頂点に達してしまったようで、いつしか翔が手を引いていたのが、反対になり、桜花が翔の手を引っ張っていた。


 怖いので早く行きましょう、と言うのが見て取れるが、翔は敢えてそれには乗らなかった。


 何故なら、妖怪達が、やる気に満ち溢れているように感じたからだ。


 翔を驚かすよりも桜花を驚かす方が良い反応が返ってくる、と味をしめてしまったようで、桜花の方ばかりに驚かしに行ってしまうのだ。


 手を繋いでいるので本当のところはどうか分からないが、恐らくそうだろう、と翔は思った。


 そして、全力でやってくれているのなら、早く行くよりも遅く行った方がいいだろうし、翔も桜花の怖がっている様子が少し面白かったので、ゆっくり行くことにした。


「早く行きましょう!ね?」

「まぁまぁ」

「ひゃいっ?!」


 妖怪達は日頃の鬱憤を晴らすかのように桜花に襲いかかる。


「後ろ向くなよ」

「何でですか!」

「それは……」


 超至近距離で河童が笑っているから、と言おうとしたが、その前に振り向いてしまった桜花が「きゃああっ?!」と悲鳴をあげる。


 そんなこんなで、しばらく粘っていると、桜花がそろそろ本当に怒ってしまいそうだったので、大人しく連れられてお化け屋敷をでた。


 太陽の陽射しを存分に浴び、瞳が耐えきれず目を細めると、その先には一足先に終わっていたらしいカルマ達が待ってくれていた。


「無事脱出できたみたいだな」

「この状況を見て無事って言えるのか?」

「どうしたの桜花ちゃん?!顔がげっそりしてるよ!」


 翔は隣の桜花に目をやる。桜花は妖怪達の猛攻撃、言うなれば、妖怪パレードにあてられて、生気を吸われてしまったかのようにげっそりしていた。


 その理由の一端には翔の思惑も交錯していたので、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「妖怪達に襲われました……」

「襲われた?」

「あぁ、最後のやつか」

「どうだった?」

「俺達の時は何故か何もしてこなかったぞ」

「それはカルマくんが全力疾走するからでしょ!」


 どうやら魔法のカルマフィーバーはあそこの時点で既に切れかけていたらしい。


 蛍からの猛烈なツッコミにカルマは「そうだったっけ?」と首を捻った。

 今度は記憶まで怪しくなってしまったらしい。


「昼飯にするか?」

「賛成」

「桜花ちゃんの休憩も兼ねて、ね」

「ついて行きます」


 こうして、翔達は先程とは別の場所に昼飯を食べに行くことになった。


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