第125話「正直怖い」


「うわっ?!」

「うわっ?!……翔じゃん。驚かすなよ」

「カルマかよ……」


 先に進み、恐怖を体験していたはずのカルマ達と遭遇した。

 始めはお化けかと思ったが、カルマだったので、色々な意味を含ませ、カルマの背中を叩いた。


「やっぱり後ろに追いつかれちゃったか」

「まぁ、カルマ程びびりじゃないからな」


 蛍に向かってそう返すと、背中に衝撃が走った。どうやら恥ずかしいと思ったカルマがお返しとばかりに叩いてきたらしい。


 それでも桜花にはくすくす、と笑われているのでカルマの羞恥は収まらなかったようだが。


「止まらず来れたの?」

「えぇ。翔くんと一緒だと平気でした」

「愛されてますな〜」

「うるさい」


 蛍が納得した様子で頷いた。と、その時にカルマの後ろに何か人影が見えた。


 からかわれたので黙っておくか、とも思ったのだが、一緒に連れていくことになりそうなので、やめておこう。


「カルマ、後ろ」

「翔ぅ〜。流石に俺が苦手だからってそんな簡単な手に引っかかるわけがないだろ?」

「今は隣にいるぞ」

「……え。嘘だよな?……嘘って言って!!」


 カルマが女性陣に助けを求める。だが、桜花も蛍も翔が見えた人影を見ていなかったようで、肩を竦めて分からないことを示した。


 そして桜花、蛍、更にカルマまでも気を抜いた瞬間。


「妻を殺したのは貴様かぁあああッ!!」

「ひゃあぁあああっ?!」


 白装束に身を包ませた血みどろの男性がカルマに向かって吼えかかった。カルマはどこからそんな声が出せるんだ、と疑うほど高い奇声を発し、固まってしまった。


 翔も大音量の声と迫真の演技に恐怖心を煽られ怖かったのだが、カルマが自分以上に怖がっているせいか、直ぐに冷静さを取り戻すことが出来た。


「おーい、カルマ?」


 身体を動かそうとすると、重くて動かせないことに気づいた。


 視線を落とすとそこには翔にしがみついた桜花と何故か同じように蛍の姿もあった。翔は恐怖ではなく、両手に花のような状態になった今に固まってしまう。


「……おふたりさん?」

「こ、怖かったです」

「あー怖い」


 それだけ言って、離れる気は無いらしい。

 美少女にしがみつかれる、というのに悪い気はしないが、どうしよう……と困ってしまうのが本音だった。


 それにしても蛍はお化け屋敷が得意そうに見えたのだが、怖いものは怖いということだろうか。


「得意なんじゃなかったのか?」

「それは……予備知識があったからであって……。ここまでとは知らなくて」

「大体調べてたのか」

「やっぱり調べただけなのと、実際に体験するのは大違いだね」


 あはは、と頬を掻き誤魔化しの笑みを浮かべる蛍はもう大丈夫になったらしく、立ち上がってカルマの元へと行き、意識を戻そうとした。


 翔にあれこれされるよりも愛する彼女からされた方がいいだろう。それを覚えているのか、覚えていないのか、は別として。


「桜花、大丈夫か?」


 翔はカルマを任せ、桜花に今の状態を訊ねた。

 桜花は腰が抜けてしまったのか、すっかり座り込んでしまって翔から離れようとはしなかった。


 普段、大声とかホラー映画とかを鑑賞しない桜花には刺激が少々キツすぎる様な気がした。初めてが日本一のお化け屋敷はハード過ぎる。


 桜花が歩けなくなれば、残るは運ぶ、という手段しかなくなる訳だが、抱っこにしろおんぶにしろ、翔が驚いてバランスを崩してしまった場合には共倒れになってしまうので、出来れば安全面から歩いて欲しかった。


「こんなに接近されるのですね」

「ん?まぁ、それがこのお化け屋敷の売りなんだろ」

「どうして平気そうなのですか」

「どうして、と言われても……。カルマや桜花が僕よりも驚くから……」

「翔くんも私達のようにちゃんと驚いてください」

「そんな無茶な……」


 驚け、と言われても自分では驚いているつもりだし、リタイアできるのならば今すぐにでもリタイアしたい。


 彼氏として、一人の男子として、ここで醜態を晒して株を落とす訳にはいかない。


「してください」

「分かった!分かったから手をにぎにぎするな」


 急なスキンシップは心臓に悪い。

 翔はぶっきらぼうにそう言うと、桜花が立ち上がるのを支えてやった。


「翔くんの手が暖かくなりました」

「驚いて血が巡り始めたんじゃないか?」

「そうでしょうか?」

「絶対そう」


 翔がそう言い切ると、桜花はふふ、と微笑むだけで何も言ってこなかった。


「カルマくんが起きない」

「死人か……?」

「ショック死ですか……?」


 桜花は翔の言葉を真に受けてしまったらしく、自分でショック死、と言いながらも語尾に疑問が着いていた。


 ショック死で死ぬのはカズマさんだけで充分だ。


「これで死ぬわけないでしょ。……死なないよね!?」

「蛍さん、落ち着いてください」

「だってカルマくんが……!」


 蛍も自信がなくなってきたのか、あたふたし始めた。桜花が宥めるがあまり意味を為していない。


 翔は一つの妙案を出してみた。


「カルマを起こすには一つしかないだろ」

「何をすればいいの」

「愛を叫べ」

「愛?」

「そう愛」

「カルマくんに?」

「出来れば耳元で」


 翔は「さくら荘のペットな彼女」の文化祭の時のように堂々と言い切った。自分で「愛を叫べ」などと、言っているのには羞恥を超えて、穴に潜ってしまいたい衝動に駆られるが、蛍はそんな翔の内心を放っておいて、カルマの耳元に自分の唇を近づけた。


「遊びましたか?」

「いや、至極真っ当な意見だよ」

「翔くんの願望は?」

「……九割九部九厘」

「ほぼ全てですよ、それ」


 桜花にぺし、と二の腕を叩かれる。だが、翔とカルマは一心同体。相手の意図することは少なからず分かっているつもりだ。


 カルマはこれを望んでいる。

 翔はそう思った。


 蛍はこほん、と咳払いをしたあと、カルマの耳元で囁いた。


「大好きなカルマくん。帰ってきて」


 途端にカルマの虚ろな目が正常なものに戻り、カルマは目前にいた蛍を抱き締め、持ち上げ、回転させた。


「ほら、な?」

「単純ですね」

「せめて純情だといってくだい……」


 カルマが完全に復活したが代わりに翔の立場がなくなった。

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