第121話「仲直り予報」


「まだ空いていてよかったね」

「まだ飯時じゃないからな」

「桜花、気分はどうだ?」

「平気ですよ」


 まだまだお昼には程遠い時間帯のためか、ほとんど客は見当たらず、翔達は容易に席を確保することが出来た。


 翔達の結論としては、桜花の症状は軽い脱水症状だろう、ということでひとまず落ち着いた。

 本当なら医務室的な所へ運び、しっかりとした検査を受けるべきなのだろうが、桜花が断固反対したのでそこまでは求めないことにした。


 もしも、と考えたら怖かったのだろう。


「それにしても翔くんが本当に桜花ちゃんを運んであげるなんてね」

「そんなに不思議か?」

「私達の前だと恥ずかしがるかな、と思ってたんだけど」

「桜花があんな状態の時に恥ずかしがるも何も無いよ」


 翔は蛍にそう返しながら、頼んでいたアイスコーヒーを啜った。


 蛍は「ほぅ」と感嘆の声を漏らすと、隣に座っていたカルマへと視線を向けた。


「カルマくんはちょっと茶化しも入ってたもんね?」

「黙秘権を行使する!」

「沈黙は承認、だよ」


 日本の法律と世界の共通認識がせめぎ合っていた。その様子を凝縮したような目前の光景を見ていると、桜花が翔の服を引っ張ってきた。


「翔くん」

「ん?」

「翔くんは蛍さんのことを呼んだことありませんよね」

「そうなのか?!」


 カルマが逃げ道発見、とばかりに乗っかってくる。

 事実なので頷いたが、その理由は桜花には既に話したことはある。


「確かに呼んだことはないな」

「そろそろ呼び方を決めましょうよ」


 桜花は嬉しそうに翔の腕を引っ張る。その愛らしい動作に動悸が激しくなる。

 ちらりと、蛍を見ると「確かに名前で呼ばれたことないなぁ」と呟いていた。


 名前で呼ばなかったのは恥ずかしかったからでも、カルマに遠慮してということでもない。ただ約束を果たすまでは、と決めていたからだった。


 しかし、もうその約束は果たされている。


 桜花はもしかすると覚えていて、言外に「もう構いませんよ」と言ってくれているのかもしれない。


「どう呼べばいいんだ?」

「蛍、でいいよ」

「分かった」


 翔はそこまでやり取りしてから、どうして自分と蛍が仲を縮めているのか、とツッコミを入れた。


「気になったんだけど……」


 自分でも空気が一転したのを感じる。それは口下手な翔がただの雑談と織り交ぜて、仲直りをさせようと画作しているのが、丸わかりだからだろう。


 しかし、それを完璧に感じたのは翔、本人だけであったようで、カルマ達は翔の次の言葉を待っていた。


「うん?」

「カルマと名前を呼び合い始めたきっかけは?」

「きっかけ……」


 遠い過去の記憶を探るように蛍が呟く。


「告白、かな」

「え?」

「カルマくんに告白された時に呼び方を変えたの」

「ロマンチックですね」


 桜花が微笑むとカルマは照れたように鼻をかいた。

 思ったよりもロマンチックな展開だったので、翔はもう少し掘り下げたい、という思いに駆られたが、翔の神経がいつまで持つか分からないので、仲直りさせる方を優先する。


「どうしてそんなことを聞いてきたの?」

「いや、ちょっと変な感じがして」

「変な感じ?」

「前に僕の家に遊びに来たことがあっただろ?その時の二人は砂糖が口から生成できるほど仲良しだったのに、今日の待ち合わせの時から今までは前とは違うな、と」


 あくまで、自分だけが考えたように、翔は言葉を選びながら蛍に理由を話した。

 この問題を解決させるためには蛍にカルマが勘違いをしている、ということを伝えなければ進展しない。


 翔が話している時に、蛍はちらりと桜花を見たような気がしたが、気の所為だろう。

 カルマが「心の友よ……」と大声で歌い出しそうな国民的キャラクター(映画版)のようにうっすらと男泣きしながら見つめてくる。


「よく見てるね」

「気分を害したなら謝るよ」


 蛍はううん、と首を横に振ると「実はね」と続けた。


 桜花はもう知っているし、翔が真実に限りなく近い推理を見せたためか、カルマの存在も忘れて、蛍は話し始めた。


 それは桜花から聞いた事の顛末だったのだが、翔は初めて聞いたかのように相槌を打った。


 誰にも言わないでね、と口止めはしたものの、心の中ではどこかで助けてくれる人を待っていたのかもしれない。


 隣にカルマがいることも、ここが不特定多数が多くいる場所だということも、全て忘れて、蛍は思っていたことを全て話して言った。


「だから、かな」

「だってよ、カルマ」

「……何だよ」

「え?」


 蛍が全て語り終えた時、翔はカルマへと話の主導権を譲った。

 これで、翔がすることは何もない。


 蛍がまだ話さないようであれば、桜花にも手伝ってもらうつもりだった。


「俺の勘違いかよ」

「……うん。ごめんね、嘘とはいえ酷いこと言っちゃって」

「本当だよ、全く」


 そう零しながら、カルマは蛍を抱き締めた。蛍は突然のことにカルマの胸板を叩くが、翔から見ても異常な筋力を有しているので、何も変わらない。


 翔の隣からひゃっ、と驚きながらも黄色い悲鳴が飛ぶ。


 カルマの腕にすっぽりと覆われた蛍はもう諦めた様子でもう一度「ごめんね」と言いながら、カルマの身体を抱き締めた。


 これで、無事、仲直りは済んだのだが、目の前の光景で無意識に砂糖ができてしまったようで、アイスのブラックコーヒーを飲んでいたはずなのに、カフェラテのようだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る