第120話「やっぱりか」
翔の懸念は当たってしまったようで、ジェットコースターから降りた時には、桜花はもう瀕死とも言えるほどの状態だった。
翔は背中をさすってやりながら、やはり乗せるべきではなかったな、と少し後悔していた。
最近は感じなかったのだが、元々、桜花は意固地な性格だ。それは翔も分かっていたはずなのだが、雰囲気に当てられか、流されるままになってしまった。
「大丈夫です……」
「その状態で言われても流石に信じることは出来ないぞ」
まだ空元気を見せる桜花に大きなため息を一つ吐くと、翔は迫ってくる足音に耳を傾けた。
「ほらよ。一応、水買ってきた」
「ありがとう」
「桜花ちゃん!無理なら言ってくれればよかったのに!」
翔がカルマからペットボトルを受け取り、キャップを開けてから桜花へと渡した。
翔と交代するように蛍が桜花の元へ寄り添った。少し自分の無力さを感じながらも任せるしかない、と割り切った。
「苦手だったのか?」
知らなかった、とカルマが呟く。桜花は自分のことをあまり他人に言わない。だから、カルマが知らなくても当然なのだが、直前とはいえ、予想が働く程には分かっていた翔としては不甲斐ないばかりだった。
「この状況を見て、得意だ、とは思えないよな」
「蛍がいてくれて助かったな」
「本当だよ」
もしこれが翔と二人きりだったら?
翔からジェットコースターには誘わないとはいえ、雰囲気とノリに押されて桜花に「乗るか?」と誘ってしまったなら?
桜花は今回と同じように承諾して乗ってしまったのではないだろうか。
そう思わずにはいられない。
蛍がこうして看病に近い世話をしてくれているからこそ、何とかなっているが、翔では蛍ほどの処置はできない。
「違いますよ」
桜花が蛍に介抱されながら翔に向かって言葉を発した。
「私は高所恐怖症だからこうなっているのではありません」
「絶叫系マシンが苦手なんだろ?」
分かっている、とばかりに訊ね返すと、首を横に振られた。
「恥ずかしながら……。朝からずっと緊張してしまって……」
「緊張感からのってことか?」
カルマが補足するように付け加えた。
「それに私は翔くんと同じように得意ではありませんので……」
「苦手じゃないけど得意でもない?」
蛍がわかっているのか、分かっていないのか、微妙な声色で自分なりに纏めていた。
苦手ではないが、得意でもない。
それはつまり、桜花の問いに答えた翔のものと同じだということだろう。
自分から乗りに行くことはしない。しかし、誘われれば乗る。
その理由は様々で、友達との交友関係を壊さないため、だとか、周りの雰囲気に流されてしまって、だとか、自分一人では到底解決することの出来ないことに限って乗らなければならない状況、というものは出現してしまう。
今回は桜花にとってはそのような状況と錯覚してしまったのだろうが、翔から見れば、普通に断れたはずだ、と思えてしまう。
交友関係の深い浅いも広い狭いも翔とは全く異なるので、比べるのもおこがましいというものだが。
「言いたいことはわかったけど、無理するな」
「……はい」
「少し休憩にしよう。桜花が回復してからでいいかな?」
「異論なし。蛍は?」
「私もないよ。少し責任も感じてるし」
「ま、待って下さい!」
カルマも蛍も肯定してくれたのだが、桜花だけが待ったをかけた。
予想はついていたが、理由を訊かずにはいられない。
「どうした?」
「私は大丈夫です。次に行きましょう」
そう言って立ち上がり、歩きだそうとしたが、その瞬間に足元がよろけたので、翔は急いで桜花の身体を支えてやる。
「どこが大丈夫だって?」
「……」
「自分のせいで時間を取ってしまう、って考えただろ」
図星だったようで、桜花はずっと視線を逸らした。
「四人で楽しむために今日はあるんだから、無理したら本末転倒だぞ」
「ですけど……!」
「それに」
翔はこれ以上、正面から諭しても聞き入れてくれないだろうと思い、別の角度から攻めることにした。
これはカルマと蛍には聞かせられない事なので、耳元まで顔を近づけて、小さな声で伝える。
「この休憩はチャンスだ。ここでカルマ達の仲を取り戻させる」
「……」
桜花もきっとこれが前もって考えられていたものでは無いことを悟ったはずだ。しかし、それでも桜花は納得してくれた。
「そういうことなら」
「ありがとう」
翔は自分で言ってから、確かに悪くない計画だと思った。この娯楽施設にいる間に何らかの行動を起こして仲直りをさせようと企んでいたのだが、この状況は何らかの行動に値するものだ。
決行が遅くなればなるほど、カルマ達の仲直りした楽しい時間は短くなる。逆に早ければ早い程、楽しい時間は長くなる。
「飯食えるところで休むか」
「エアコンも効いて涼しいし」
二人も、桜花のことを心配して話し合ってくれていた。
高所恐怖症ではなく、ジェットコースターが苦手という訳でもない。緊張感からとはいえ、今までにそこまで極度な緊張を感じを見たことがない。
一方で、夏の蒸し暑さや、人混みが苦手なことを知っている翔はもしや、そちらが原因なのでは、とふと思った。
「あ、そうだ。翔」
「ん?」
「運んであげろよ。軽い熱中症かもしれないからな」
「わかった」
カルマが、最もなことを言ってきたので、翔は桜花に背を向けて屈んだ。
「歩いていきますよ?」
「意固地だなぁ。よろけてただろ?諦めて背負われなさい」
翔が背を向けたままそう言うと、しばらくした後に人一人分の重さが背中から伝わってきた。
「あがるぞ」
翔は立ち上がり、しっかりと支えられるように体勢を整えた。
「ごめんなさい」
「気にするな」
桜花の腕が首周りで輪になり、控えめながらも柔らかな感触が背部をくすぐる。
努めて邪念を追い払い、涼める所へと足を運んだ。
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