第114話「有言実行」
「ふぃ〜。疲れた」
「お疲れ様でした。楽しかったですね」
「久しぶりのショッピングデートもいいものだな」
翔は家に帰って早々にソファへとダイブした。精神はまだまだ元気だが、身体が悲鳴をあげていたからだ。
沈み込む感触がとても気持ちがよく、このまま何もせずに眠ってしまいたい衝動に駆られる。
「外から帰ってきたら手を洗ってください」
「……うん」
桜花にぴしゃりと言われてしまい、翔は大人しく洗面台に向かう。
丁寧に洗剤を使って手を洗う。
翔が一人の時は水で流すだけ、という日もあるのだが、桜花と暮らしている最近はちゃんと細部まで洗剤を使って洗うようにしていた。
桜花を風邪ひかせる訳にはいかないのである。
「私も失礼しますね」
「うん」
桜花も買ってきたものを締まってきたようで、翔の隣に並び、同じように手を洗い始めた。
「……翔くんが言っていたことは本当のことですか?」
翔を見ることなく、いや正確には鏡越しで桜花が訊ねてきた。
翔の言っていたこと、というのは恐らく、甘えたい、と言った時のことだろう。
確かに本音ではあったので肯定を返す。
「本当のことだよ」
「今もですか?」
「……うん」
何だろう。新手の尋問か何かなのだろうか。過去を振り返られ、問い詰められるというのはかなり、心にダメージがくる。
「そうですか」
次は何が来るのだろう、と身構えていると淡々とした返事が返ってきて拍子抜けしてしまった。
それから桜花は何も言うことなくリビングへと行ってしまったので、翔は慌ててそのあとを追った。
ただ普通に気になったから聞いただけなのだろうか。
しかし、それならば、あのように勿体ぶる言い方はしないだろう。あくまで淡々と、参考程度にといったニュアンスで訊ねるはずだ。
ならば、気があるのだろうか。翔のハイテンションの力によって漏れ出た本音を叶えてくれるとでも言うのだろうか。
よく分からない。
考える頭ももうなくなってきた翔は結論を出すことが出来ない。
どうしようもなく溢れ出る感情と、思考の停止が、一瞬にして、翔の全てを奪い、衝動的に翔は桜花に抱きついた。
「翔くん?」
「甘えるって言ったから」
「はい」
慈愛の神に微笑まれたような錯覚に陥った。
後ろから抱きついたために、桜花の顔をよく見ることは出来なかったが、そんな感じがした。
「何であんなに素っ気なかったの……?」
「……どうすれば翔くんが甘えてきてくれるのか分からなかったから……です」
「僕が寝ちゃうかと思った?」
「……少しだけですけど」
どうやら、桜花は待っていたらしい。それが、翔は帰ってくるとソファへとダイブし、今にも寝そうになっていたので、どうにかしようと考えた結果、このようになってしまったようだ。
そんな可愛い理由を聞き、翔は桜花をくるりと回して正面に向かせ、もう一度抱きしめた。今度は肩に顔を埋めるほど、深く。
「ちゃんと甘えてる」
「ちゃんと、と言っていいのかは分かりませんけど」
「じゃあもっと?」
言うが早いか、翔は桜花の耳に向かって息を吹きかけた。ぴくりと反応が返ってくる。
桜花は翔を一旦引き離そうとするが、そこは男女の力の差にぴくりとも動かすことが出来なかった。
「……耳はダメです」
「他はいいのか?」
「……」
意地悪く訊く翔に桜花は引き離すことを諦め、逆にぎゅっとしがみついた。
泣きそうな声色で言ってくる桜花に翔はぽんぽんと背中を軽く叩いてやる。
しかし、もう考えることをやめてしまっている翔はこれで収めるつもりはなかった。
沈黙は肯定なり、と誰か偉い人が言っていたな、と思い出した翔は桜花の沈黙も肯定だと受け取ることにした。
「桜花」
名前を呼び、強引にこちらへ顔を向かせると、それ以上何を言うことも無く桜花の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ」
「可愛いな」
唇を甘噛みしてやると可愛らしい反応が返ってくる。桜花はギブアップとでも言いたげに、翔の胸板を叩くが、気にとめなかった。
「翔くん……待って」
「無理」
深く、更に深く。
待って、と言う桜花も次第に翔に溶かされていき、抵抗なく交わっていく。
桜花は一瞬のタイミングを見計らい、呼吸を整えながら呟いた。
「……立っているのが……疲れました」
「大丈夫か」
「……大丈夫ではないです」
「そうか」
それは桜花のせめてもの抵抗だったのかもしれない。すっかりふやけてしまった桜花は翔にもたれかかり、今にも腰砕けに座り込んでしまいそうだった。
いつもの翔ならば、桜花の抵抗は成功していたのかもしれない。
しかし、今日の翔はいつもとは一味違う。
「任せろ」
「きゃっ」
「落ちないように引っ付いてろよ」
翔は桜花をお姫様のように抱き上げ自分の部屋へと運んだ。
桜花は翔に言われた通りに、落ちないようにしっかりと翔の首に腕を回し引っ付いていた。
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