第113話「ハンドクリーム」
夏といえば、男性は兎も角としても女性は肌を守ることが必要となるだろう。
女性にとって肌は一種のステータスと言っても過言ではない。
焼けたくない、という人も多いだろうし、肌荒れする、という人も少なくない。
面倒くさがりな翔の意見としては海などに行かなければいいのでは、と思ってしまいそうになるが、それはそれで楽しみがなくなってしまう。
男性からしても、いつもは服というベールに覆われている艶かしい肢体を見るチャンスを失うには惜しいのだ。
「結構種類があるんだな」
「持続時間や効果も様々ですからね」
「どうやって見分けるんだ?」
「お試しできる商品があるのでそこで試してみます」
「へぇ〜。そんな短時間でわかるんだな」
「わかるというよりも、恐らくは最初の感触が自分に合っているのかを確かめるためではないでしょうか」
それを解決してくれるのが、日焼け止めクリームなのである。
最近は日焼け止めクリームを塗ってプールに入ることは禁止されてしまったが、普通なら焼けてしまうところで焼けないように工夫するのは日焼け止めクリームを塗ってしまうのが一番簡単で手っ取り早い。
ダブルデートで向かうのは海ではなく、遊園地ではあるが、最近めっきり日差しが強く、学校でも体育の授業前に女子達が日焼け止めクリームを塗っている姿を度々目撃していたため、普通に歩いているだけでも日焼けする可能性がある。
「フローラルの香り……?」
「日焼け止めクリームにも香りがあるのですよ」
「ふぅん」
日焼け止めクリームはどれも一緒だろうと思っていた翔にとっては初耳で驚きだった。
刺激臭ではないのだが、翔は手で仰ぐようにしてその日焼け止めクリームを匂う。
案外、洗濯洗剤や柔軟剤と同じほどのクオリティがあり、また驚かされた。
「どれを買うとか目星はあるのか?」
「蛍さんが使っていたのがあれば、と思っていたのですが、ここにはないようです」
「どうする?」
「ここで選びますよ。少し時間がかかるかもしれませんが」
「気にしなくていい」
時間がかかるということはそれだけ真剣に悩むということでもある。
そこに翔の我儘で、水を差すようなことはしたくなかった。
翔は他のも見て回ることにした。特にすることもないので、お試し、として置かれていたものを色々と試していくことにした。
あまり強い匂いを嗅ぎ続けると三半規管がやられてしまうので、程々にしておく。
幼少期にそれで車酔いをするようになってしまった思い出が蘇った。
「フローラル、ラベンダー、桃、ブラッドオレンジ、シトラス」
匂いもそうだが、手の甲につけていくと、粘り気が微妙に違っていた。
水のようにさらさらのもあったが、シャンプーのように粘り気の強いものもあった。
翔の個人的な意見としては、粘り気の強いものの方がしっかりと肌に浸透しているように感じる。恐らくはどれも変わらないのだろうが、気持ち的には粘り気の強いものが一番日焼け止めクリームとしての機能を果たしているように思えた。
「シトラスが好みかな」
匂いもそこまできつくなく、ふとした瞬間に香る程度だったのが、好感触だった。
と、一人で楽しんでいると、桜花が、
「決めました」
と、一つの日焼け止めクリームを見せてきた。
「シトラス?」
「そうです。よく分かりましたね」
「僕もその匂いのやつが一番いいかな、って思ってたから」
桜花が見せてきたのは先程、翔が一番と認定したシトラスが香る日焼け止めクリームだった。
偶然にも同じものを選んでいたらしい。
「そこまで匂いがきつくもないし」
「感触も好みのものでしたし」
翔がそう言うと、うんうんと頷かれた。
どうやら選んだ理由も同じようだ。
「日焼け止めクリームなので、匂いにばかり気を取られてはいけません」
「あくまで性能ってこと?」
「どうせ買うのなら、いいものを買いたいですからね」
「確かに……」
翔は桜花の持っていた日焼け止めクリームをひょいととった。
「買ってくる」
「私が払いますよ」
「いいからいいから。そこまで高くないし」
翔がレジへと向かうと、ぴたりと寄り添ってきた。いまにも抱きつかれそうな程に寄り添われて翔は会計をしながらどきどきしていた。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
腹部の服をつままれ、脳内で「萌えー」と叫びそうであった、というよりもう叫んでいた翔は、商品を受け取り、にこやかに微笑んだ。
「明明後日は全力で楽しもうな」
「……ばか」
「何故に罵倒?!」
翔が驚いてツッコミを入れている最中に、桜花は「これ以上、私を惚れさせてどうするのですか……!」と小さく呟いていたのだが、その呟きが翔に届くことは無かった。
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