第111話「少し休憩です」


「買えましたか?」

「うん。特典も貰えた」

「特典ですか?」

「うん。それ以上の詮索はおすすめしないぞ」

「分かりました。聞かないでおきます」


 桜花はあっさりと引いた。食い下がられても答える気はなかったが、趣味を共感することが出来ない、というのは少し寂しい気もする。


 翔は待ってくれていた桜花に自慢気に買ったものが入った袋を見せつけた。


 一緒に行かなかったのは翔が拒んだためだった。一人にさせてしまう、という危険はあったのだが、ここは人目が多くつく場所であるし、何より、翔が用のある店の方が危険そうな感じがしたためだった。


 桜花の反応を見る限り、何もなかったようで一安心だ。


「何処かで休憩するか?」

「そうですね。少し疲れましたし」

「フードコートにでも行くか」


 翔は目を擦りながら提案した。

 右手で赴くままに目をかいていると、桜花に止められてしまった。


「目はかかない方がいいですよ」

「……うん」

「あっこら」


 正論であり、翔も分かってはいるのだが、痒いものは痒い。勝手に手が目の位置へと上がり、ぐりぐりとかいてしまうのだ。


 明らかに寝不足による疲れが原因だが、桜花には夜更かししたことを言っていないので、桜花は何かおかしい、と不思議そうに思いながらも必死に翔の手を止める。


 夜更かしをしたことを言ってしまえば、今から即帰宅、ということも充分に考えられるので、それはできれば避けておきたいことだ。


「冷やせば治まるでしょう。フードコートでおしぼりを貰いましょう」

「善は急ぐか」

「活用しないでください」

「善は急げ」

「急がば回れ、とも言いますよ」

「諺って結局、どれを頼ればいいか分からないよな」


 諺どうしで、正反対のことを言っているので、判断がつかない。その場その場で変わるということなのだろうが、それだと諺とは一体何なのだ、と疑問に思ってしまいそうになる。


 それは考えるだけ無駄だと今までの経験が言っているので、そういうものだ、と諦めることにする。


 翔達は少し足早にフードコートへと向かった。時刻はもう昼過ぎで、ピーク時は過ぎていたようで、幸いにも席は空いていた。


 とりあえず何を注文する訳でもなく、席を確保する。翔が座るや否や桜花は直ぐに立ち上がり、どこかへ行ってしまった。


 理由は言わずもがな。おしぼりの確保へと向かったのだろう。


 その後ろ姿を朧気に見ていると、何か不思議な感覚に陥った。何か、と具体的に表すことは出来ないが、兎も角、心がざわついて仕方がないのだ。


「持ってきましたよ」

「ありがとう」


 桜花が差し出すおしぼりを受け取り、アイマスクのように目に押し付ける。


「急に眠たくなったのですか?」

「うーん、まぁ」


 曖昧に濁す。

 今にも寝てしまいそうな勢いなのだが、なんとか踏みとどまる。


「昨日は何時に寝たのですか」

「昨日?……覚えてない」


 嘘をつく事は躊躇われたので、誤魔化した。寝ていないので、何時も何も無いのだが、それは桜花には分からないことだ。


「まさか、寝ていない、ということはありませんよね」

「あ、あはは……」


 翔は表面でこそ、笑って誤魔化したが、内心は叫びそうであった。

 どうしてそこに行き着くのか。

 どういう思考回路をすれば、翔の行動パターンをここまで正確に予測することが出来るのだろう。


 何度も言うが、翔が桜花のように、予測することは不可能だ。

 その場の表情と成り行きである程度は予想が着くが、翔の瞳は現在、おしぼりによって遮られているし、会話からの情報も乏しい。


 世界の七不思議のひとつだろう。


「……寝てないです」

「やっぱり」


 もうどうしようもないので正直に告白すると、桜花はやはり、呆れた様子でため息を吐いた。


「今日の翔くんは変ですからね。何かあると思いましたけどまさか夜更かしとは」

「変って?」

「いつもなら言わないようなことを平然と言いますし、普段は目をかくことなんてありませんし」

「そんなに?」


 多少の深夜ハイテンションだと思っていた翔は桜花の指摘に改めて思い返してみる。

 だが、冷静な頭ではなく、妙に昂った頭で考えた結果は何一つ変わることはない。


「僕はそんなに変じゃないと思うけど……。もしかしたら、桜花とのデートが嬉しいからかもしれないな」

「そういうところですよっ」

「ん?まぁ気にするなって」


 おしぼりをちらりと上げて桜花の姿を盗み見ると、それはもう可愛らしく映ることこの上なかった。


 垂れた髪を耳にかける姿にぐっとくる。

 恥じらうように目を泳がして頬を染めている姿にぐっとくる。

 ちょっとした仕草の全てが艶めかしく見えて仕方がない。


 それが翔の彼女だと言うのだから、夢だと言われた方がまだ信じられる。


 まだ、ショッピングを楽しみたい翔だったが、家に帰ったときに、甘えたくて仕方がない衝動に駆られ始めていた。



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