第104話「誕生日プレゼント」


「ご馳走様でした。美味しかったよ」

「お粗末さまでした」


 桜花のいつも以上に凝った料理を味わっていただいた。ローストビーフは作るのが大変な料理で、翔は好物なので何回か挑戦してみたことがあるのだが、尽く惨敗していた。


 それだけ難しいのだ。


 だが、桜花の元からの料理スキルと翔の失敗から学んでいたらしい。


 しばらく余韻に浸っていると、そういえばカルマから貰った誕生日プレゼントをまだ開けていなかったことを思い出した。


「それは何ですか?」

「ん?カルマから貰った。たぶん誕生日プレゼントだと思う」


 翔がラッピングをごそごそと外していると、桜花が片付けを終えたらしく、翔のすぐ隣に座った。

 翔も後片付けはしようと思っていたのだが「誕生日ですから」とやんわり断られ、本当に任せてしまっていいのだろうか、と少し不安だった。


 今度の桜花の誕生日には絶対に桜花には片付けをさせないようにしよう、と誓った。


「綺麗にラッピングされていると気になりますね」

「そうだな」


 桜花の声が翔よりもわくわくした声色だったので、翔は笑みが溢れそうになるのを必死に堪えた。


 翔もそうだが、中身が隠されているものを与えられると何が入っているのだろうか、と考察してしまう。


 そしてそれがまた否応なく楽しいのだ。

 わくわくするのだ。


 何が入っているのだろう。

 翔は全く予想がつかなかったのだが、勘で何か実用的なもの、と予想した。


「開けるぞ……!」

「はい……!!」


 翔は中身が気になって仕方がなかったので、少々乱雑にラッピングを破った。


「おぉっ」


 中に入っていたものがなかなかのもので、翔は感嘆の声を漏らす。


「スピーカー?ですか」

「うん。前にカルマと話してたやつ」


 カルマからのプレゼントは「スピーカー」であった。しかも、それはただのスピーカーではなく、色々と高性能なタイプだった。


 ワイヤレスでスマートフォン、パソコンと繋げることができ、更には防水性があるため、風呂でも使用できる。高音質は勿論で、前にカルマに力説され、わざわざ店舗まで行って、試し聞きをしたのが懐かしい。


 いいものを貰った。


 翔は心の底から嬉しかった。そんな気持ちが表に出てしまったらしく、桜花に「嬉しそうですね」と笑われた。


 親友からのプレゼントは初めてで、しかも、最近翔とカルマの内だけではあるが、話題になっていたスピーカーを貰ったのだ。


 これで嬉しくないわけが無い。


「私からもプレゼントがあります」


 ほくほく顔だった翔に桜花はそう言うと奥へと引っ込んでしまった。

 その桜花の動向を不思議に思っていると、何やら同じようなラッピングされた袋を持ってきた。


「あ、ありがとう」


 少し急かしたように聞こえてしまったかも、と思ってしまっただけに、つっかえてしまった。


「あまり期待しないでくださいね」

「何でも嬉しいよ」


 口ではそう言いながらも桜花は全力で選んでくれたに違いないので、中に何が入っていても翔はその選んでくれたという過程だけで、ありがとうと思えた。


 翔がカルマのプレゼントと同じように破いて開けると、そこには長い箱が翔を見つめていた。


「開けていいか?」

「どうぞ」


 桜花のご了承を頂いたので、そっと開けると、長い箱の中には長財布が入っていた。


 嬉しさと驚きで桜花を見ると、人差し指で頬を掻きながら、桜花はぼそりと呟くほどの声で、


「翔くんの使っているお財布はもうボロボロでしたから……」

「よく見てるんだな。嬉しいよ」


 確かに、翔の使っている財布は二、三年前に買ったもので今ではすっかり朽ちてしまってぼろぼろだった。


 買い替えようとは常々思っていたのだが、まだ一応、財布としては使えるし、何より買いに行く暇がなかったので、今日この日までそのまま流れてしまっていた。


 桜花が選んでくれた長財布は黒を基調とした落ち着いたもので、アクセントとして赤色が所々に見られる、言うなれば翔の好みの色合いの財布だった。


「かっこいい……」

「喜んでくれれば何よりです」

「僕の好きな色合いだ……」

「翔くんならこういう色合いが好きかな、と予想したのですが、当たっていたようで何よりです」


 翔が両手でそれを持ちながらしみじみと呟くと、桜花は微笑を浮かべていた。


 翔は好きな色合いを言っていないにも関わらず、桜花が当ててしまったことに驚きを隠せなかった。


 その桜花の顔を見て全てが満たされるように感じた。


 少し前までは桜花と一緒に暮らすことも、カルマという親友ができることも、素晴らしい誕生日プレゼントを貰えるともこれっぽっちも思っていなかった。


 全ては桜花がこの家に来た瞬間から始まっていたのだろう。


 幼馴染としてではなく、他人として翔とは対面したのだが、今ではすっかり彼氏と彼女の関係になった。


 翔の日々がこんなにもいい方向へと向かっているのはきっとここにいる桜花のおかげなのだろう。


 そこまで考えが行き着くと、翔は目頭が熱くなるのを感じた。


 そして。


 翔は桜花を何も言うことなく抱き締めた。



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