第103話「Happybirthday!!!」
誕生日。
それは毎年必ず訪れる自分だけの祭典。生まれた時の記憶など皆無なのに、その日が来ると必ず祝われる。
翔も例に漏れることなく、毎年の誕生日を両親にお祝いされて今で過ごしてきた。一人っ子だったということもあり、他の家庭と比べると些か大層なお祝いだったことを思い出した。
しかし、それももう最新の記憶でさえ3年ほど前まで遡る。
中学生になり、人並みに反抗期となってからはすっかりそう言った催しが無くなったのだ。翔の方からやって欲しい、などと言うはずもなく、両親もまたやろう、なんて気持ちは起こらなかったようで、ずるずると今で引きずっている。
反抗期から脱却した今も。
今はアメリカにいるので難しいのは当たり前だが、きっとここに居たとしても特に何も無かっただろう。
だからこそ、カルマに「おめでとう」と言われたのは純粋に嬉しかった。
誕生日を告げるタイミングがなかったのと、伝えると「祝え」と言外に言ってしまっているようで嫌だったのでカルマには教えなかったのだが、誰かから漏れてしまったようだ。
大方、予想は着くが、それは明らかにしない方が良さそうな事だった。
後でカルマの誕生日も聞いておかないとな、と翔は心の中にメモをする。
祝われっぱなしは好まない。
ちゃんとカルマの誕生日の日には祝ってやりたい。カルマが蛍に知恵を貸してもらったのなら、翔は桜花に知恵を出してもらおう。
そんなことを考えながら翔は玄関の扉を開けた。
「お誕生日おめでとうございます!」
破裂音が何発も鳴り響いたかと思うと、視界にはきらきらと輝くものが見え、更にはエプロンをつけた桜花が玄関先で翔の帰りを迎えてくれていた。
急なことですっかり驚かされてしまった。
翔は少々上擦った声で桜花に「ただいま」と返した。
「Happybirthday.です」
「あ、ありがとう。びっくりしたぁ……」
翔が胸に手を当てながらそう言うと、桜花はふふ、と成功したことに喜んだ様子だった。相変わらず、英語の発音もいいのはいつも練習しているからだろう。
たまに、隣で夜中に桜花が英語の長文を音読しているのを耳にすることがある。きっとその努力が実を結んでいるのだろう。
翔も桜花を見習って、頑張ろうとは思うのだが、思うだけで一向に教科書を広げる気にはならなかった。むしろ、そう思えば思うほどにベッドに向かってしまっているような気までしている。
「どうでしょうか?飾り付けを頑張ってみました」
「……うそだろ」
桜花がかばんをくれ、と手を出していたので「ありがとう」と礼を言いながら、かばんを渡す。
桜花の後について行くようにしてリビングに行くと、そこには昨日とはまるで違った景色がそこにはあった。
風船、折り紙で輪を束ねて作られたものが飾られていて、一番見やすいところには達筆な字で「翔くん、お誕生日おめでとう」と書かれていた。
ここで翔はようやく、桜花が先に帰ってしまったこと、翔にしばらく帰ってくるな、と言ったことの理由を悟った。
桜花はこの場をセッティングするための時間が欲しかったのだ。いつもならば一緒に朝食を食べて、一緒に学校へと向かい、一緒に帰って、一緒に夕飯を食べて、寝る。だが、それではサプライズを決行することは難しい。途中で翔が気づいてしまうのを恐れたのだろう。
翔としては、全く気づかなかっただろうが。
計画としては前々から練られていたに違いないだろう。墨で書かれた達筆な字は明らかに前に書かれたものだし、2時間足らずでこれだけの装飾品を完成させることは不可能だろう。
「とても綺麗だよ。ありがとう、嬉しい」
「まだ終わりませんよ。ご飯も少し凝ってみました」
翔が感嘆しながら、ほとんど無意識にそう言うと、桜花はキッチンに引っ込み、何かを持ちながら帰ってきた。
これ以上に翔を驚かせようというのか。桜花はエプロンを脱ぎながら「座ってください」と翔を促した。
手洗いを済ませて大人しく座った翔は目の前にアルミホイルで覆われた何かを置かれた。恐らく食べ物なのだろうが、何なのかさっぱり分からない。
桜花が凝ってみました、というのだから高難易度の料理だということはわかるが、それが何を示しているのかは謎だった。
元々、桜花の料理スキルはカンストしているのではないか、と疑うほどに高く、翔が作るよりも美味しい。
段々と翔が桜花の味付けに虜になっているのか、はたまた、桜花が翔の好みの味付けに近づけていっているのかは定かではなかったが、今や翔の恋しい味付けとまで評せるほど桜花の料理は美味しかった。
アルミホイルはヒントにはならないだろう。料理手順ではラップを使用したが、翔に見せないようにするためにあえて、アルミホイルで隠しているだけ、という線もなくはない。
「開けますよ」
ごくり、と意図せず生唾を飲み込んだ。
一体、このアルミホイルの中は何なのだろうか。
桜花がぱっと、アルミホイルを除けると、そこには翔の大好物である、ローストビーフが鎮座していた。
はっと桜花の顔を見ると、くすっと笑われた。余程子供のような顔をしていたのだろう。
ばつが悪くなって慌てて顔を背けると、桜花は「今日ぐらいはいいのですよ」と包容力抜群の甘い囁きを弄しながら翔の頭をよしよし、と撫でた。
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