第102話「学校の立場」


 翔が桜花と付き合い始めてから、日々が変わり始めていた。付き合う前も一緒に暮らして、隣の席でお喋りして、と翔的には全く変わる要素などないと思っていたのだが、周りが翔のことを一目置くようになった。


 今までは無関心、又は須藤との一件を知ってか、腫れ物を扱うような視線だったのが、翔の動向をいちいち気にされるようになってしまった。


「何かあったのか?」

「ん?まぁ、翔が告白したからじゃね?」

「あぁ、そうか」


 まぁ無理もない。

 人畜無害さんだったのが、みんなのアイドル(非公認)の桜花を掻っ攫うような真似をしたと言われても間違いではない。


 カルマは大して気にした様子もなく、自分の爪を整えながら面倒くさそうに言った。


 翔もいつもと雰囲気が違ったからそう感じただけで、普段はまるで気にしないので、カルマの態度も特に気にならなかった。


「一応成功した」

「電話で聞いたし。クラス中に広めておいてやろうか?」

「もう広まってる」

「違いない」


 翔とカルマはお互いに顔を見合わせて笑った。


「そろそろだったよな?翔の誕生日」

「ん?知ってたのか。明日だよ」

「少し早いけど、おめでとう」


 カルマは小さな袋を翔に渡した。言わなくても分かる、これは翔のために用意してくれた誕生日プレゼントだ。


 友達に誕生日プレゼントを貰うなど、初めてだった翔は驚きのあまり、目を丸くさせしばらく固まってしまった。


「大丈夫か?」

「大丈夫に見えるなら病院行け」

「連れて行ってやろうか?何なら同伴で」

「ん?それは僕が病院に行くことになってない?」


 軽口を言い合える程には余韻が熔けてきた。そんな翔の様子を見ていたカルマが不思議そうな声色で訊ねてきた。


「愛しの彼女から貰ってないのか?」

「うん、まだ貰ってない」

「まだ、ということは貰う予定が?」

「くれなくてもいいけどね。一緒にいてくれるだけでありがたいし」

「立派になったわねぇ」

「母親目線でいうな」

「冗談抜きに、俺はそんなこと言える翔を尊敬する」


 真面目な顔でそう言われて翔は「お、おう」と返すしか無かった。

 唐突に尊敬されても困る。


「聖女様は一体どうしたんだろうな」

「さぁ?一足先に帰っちゃうし、何ならしばらく遊んで帰ってこいとまで言われるし」


 実際はそのような言葉遣いではなかったが、桜花は翔をまるで家に近づけたくないようだった。


「ほうほう。……遊ぶか」

「何だその間は!何かわかったなら教えろよ」

「いや、これは知らない方がいい。……というか気づかないものなんだなぁ」

「聞こえてるぞ」

「やーい鈍感!」

「うるせぇ筋肉バカ」


 勿論、本気で言っている訳では無いので二人とも悪戯に笑っている。カルマは翔からの言葉だけで色々と察したらしいが、翔に教えるつもりは無いらしい。


 翔も何も考えなかった訳では無いのだが、どうしても理由が思いつかないのだ。一人で勉強をするためかと思ったが、それならば自室があるのでそこに篭ればいいだけで、翔を家の外へ追い出す必要が無い。


 翔に言えないようなことをしているとは思えないし、翔にはさっぱり分からなかった。


「もう少しすれば帰ってもいい頃合いだろうし」

「できるだけゆっくり帰ってやれよ」

「何で?」

「何でもだ。翔が人ならば何も聞かずに言う通りにしろ」

「その定義を疑ったことはこれまでで一度もないし、何ならそれはもう脅迫だよね?」

「脅迫じゃないぞ、このピストルが目に入らぬか」

「その文言は印籠を出すんだよ!しかも紛うことない脅迫じゃん!」


 ピストルの形をさせ、翔へと向けるカルマは身長さえ小さければ幼稚園児や小学生と大して変わりはないだろう。

 ……幼稚園児や小学生は印籠のくだりは分からないだろうが。


「帰って袋を開けてみたい」

「死なないように気をつけろ?」

「何入れたんだ?!」


 物騒なことを言われたような気がしたが務めて流しておくことにする。


 カルマは意地悪くにやりと笑うと翔の肩を結構な力で叩いた。

 乾いたいい音が鳴り響いた。


「蛍と一緒に選んだから変な物は入ってないよ」

「一人で選ばなかったのは賢明な判断だ」

「ヤク中の安楽椅子探偵だったのか」

「そこまで賢くない」


 一体、カルマ一人ならば何をプレゼントに選んでいたのだろうか、と考えるだけでも身震いが止まらなかったが、蛍と一緒に買ったならば一先ず安心と言ったところだろう。


 プレゼントを貰う側にも関わらず図々しいような気もしたが、心臓が止まるプレゼントを貰うよりはいいだろう。


 翔はそれからもしばらくカルマと話して時間を潰した。カルマと話していて話題が尽きないのはきっとまともに話していないからだろう。


 少し話題に触れるとどちらかが道に逸れていくのだ。そして片方はそれを本来の道に戻すことすらせずそのまま突っ走ろうとしているのだ。


 傍から見れば何を話しているのか分からないだろうが、翔やカルマには分かる。そしてそれがまたとなく楽しいのだ。


 これが親友ということなのだろうか。

 翔はしみじみと思いながら、楽しいひと時を過ごした。


 家に帰ってから思うと、いつもよりも遅かったが、それでも付き合ってくれていたカルマにとても感謝した。



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