第56話「男同志の秘密」


「男同士、腹割って話そうか」

「なら、まずはカルマからだな」


 部屋に招き入れて早々、カルマが取調室でカツ丼を置きながら尋問する警察官のような声を出す。


 雰囲気と手を重ねて口元に持って行っている姿はエヴァンゲリオンの碇司令にしか見えなかったが、翔は平気でカウンターを喰らわせた。


 ふぐぐ、と悪役が言いそうな歯軋りをわざとらしく聞かせてたあと、カルマは素に戻ったようで「何が聞きたい?」と普通の口調で訊ねた。


「あれだな、急展開の事の始終」

「もしかして参考にしようとしてるのか?」

「……ただ気になっただけだ。中途半端に手伝ったからな」

「ふぅん、まぁそういうことにしておいてやろう」


 カルマは随分な上から目線で話を先に進めた。む、と思い翔が睨みつけるが何処吹く風、と流されてしまう。


 嘘ではなかったがそれだけが理由でもない。


 そのような曖昧な理由ではカルマがあまり納得しなかったのだろう。


「僕達に相談した時はまだ付き合ってなかったよな」


 返って来たのは肯定の頷きだった。

 どうやら少し恥ずかしいらしい。

 年相応な初心の反応に翔がくすっと笑ってやるとカルマは照れたように翔の背中を叩いた。


「あれからどうしたらこうなるんだよ」

「それはカクカクシカジカってやつで」

「それで分かるのはアニメだけだぞ」

「はぁ……。あの時から次の日ぐらいに呼び出して告白してみただけだ」

「みただけって……」


 告白はそう簡単にできるものでは無い、と思っている翔には衝撃が強すぎる話だった。

 しかし、その後に強烈に襲ってきたのは圧倒的なまでの好奇心。


 女子高生程のものでは無いが、翔も立派な思春期男子高校生なので、それ相応の興味がある。


「どこで告白したんだ?」

「抜け道があったから屋上で」

「二人きりか?」

「勿論」

「綺麗な夕焼けの時か?少し薄暗くなった星が散ってる頃か?」

「夕焼け時だよ。あの夕日は綺麗だったな」


 振られていたとしたら最悪な夕日だっただろうことは口が裂けても言えない。

 ただ、カルマが思い出に浸ろうとしていたので、翔は更に質問を踏み込んだものにした。


「何て言ったんだ?」


 告白の口説き文句。

 流石に躊躇なく話すことは憚られるのか、う、と言い淀んだカルマ。


「全部話したら聞きたいこと全部教えろよ?」

「勿論」

「なら話そう」


 押して確認したカルマはゆっくりと口を開いた。そこにはもう碇司令の面影は一切なく、どちらかと言えばシンジくんのような怯えている印象が見受けられた。


「『初めて話した時から好きでした。良ければ付き合っていただけませんか?』」


 そう言って、カルマは手を差し伸べた。

 思わずその手を取ってしまいそうになったが、これはただのデモンストレーションで、更にカルマは男なので実際にはありえないことだから変な勘違いをするな、と血迷った脳みそに正しい知識を送り込む。


「返事まで聞こうか」


 悪ノリだが、カルマはしっかりと乗ってきた。


「『こんな私で良ければ……。ありがとう、カルマくん』」

「気持ち悪い」

「翔がやれって言ったんだろうが」

「誰も声真似しろとまでは言ってない」


 願い事のポーズで潤んだ目を向けてくるカルマに苦笑を通り越してうぇ、と吐く真似をした。


 やめぇい、と笑いながら肩を叩かれたので、翔は軽く小突き返したあと二人でどちらともなく笑い合った。


 すると、隣でがたっと物が盛大に落ちる音がした。桜花と蛍が何か家で遊ぶ割にはアクティブな遊びをしているらしい。


「聞こえるのか、壁薄くね?」

「元々、ここは僕の部屋で隣は物置部屋だったから」

「さっきの音って俺らの話を聞いていたからって訳じゃないよな?」

「そこまで大きな声じゃなかったし、違うだろ」


 一応、カルマ達が帰ったあと何をしていたのか聞いておこう、と翔は密かに心に決めた。


「よし、じゃあ俺からも質問な」

「ばっちこーい」

「いつから住んでる?」

「学校の入学式の時」

「昔からってわけじゃないのか」

「僕も初めは驚いたよ」


 驚きすぎて一度、玄関のドアを使って面会謝絶しようとした思い出がふと甦った。


「どうして昔からだと?」

「いや、何となくだ」


 ふぅん、と返すも何か隠しているだろうな、ということぐらいは読み取れた。


 国語の成績はまずまずだが、読書と桜花が手伝ってくれているおかげか言葉にはない別の意味の方を感じ取ることも少なからずできるようになっていた。


「双葉さんに惚れてるだろ」

「は、はぁ?急になんだよ」

「質問だぞ、ちゃんと答えろって」

「惚れてるとかそんなんじゃない。一緒に暮らしてるから気にしているだけだ」

「そうか?蛍に気がなかった時点で好きな人がいるものだと思っていたんだが」

「惚気かよ」

「いやいや、常識の範囲内だって。蛍は彼氏とか抜きでもトップの美貌を誇るかわいい女の子だぞ」


 常識の範囲内、や彼氏抜き、と前置きをされてもやはり惚気にしか聞こえなかったのはどうしてだろうか。


「みんなが好きだからって僕も好きなわけじゃないぞ」


 男子に人気なのは事実なのでそこは認めつつも、翔という人物が恋愛感情を持っていることについては否定する。


「そうだな……」


 少し熱くなりすぎたのか、翔の言葉で冷静になったカルマ。

 翔は大きくため息を吐き出し、少し真面目に答えることにした。

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