第57話「秘密は交換するもの」


「電話もしてるんだろ?」

「蛍とってことか?」

「何を話してるんだ?」

「……その前に」

「教えたらな」


 翔が真面目に答えると決めたからには絶対に嘘偽りは言わない。しかし、それだとカルマの話は少し対等では無いような気がした。


 翔は気になっていた電話での会話というものについて質問を投げかけた。


 カルマは少し怪訝そうな顔をしたが、翔の真っ直ぐな視線を見てからは一つのため息をついてからぽつぽつと話し始めた。


「蛍はかわいい女の子だ」

「うん?……うん」

「電話だともっと可愛くなる」

「ほぅ……?」

「具体的には甘えにゃんモードになる。特に今度遊びに行く約束をする時、とかは」

「甘えにゃんモード……!!」


 何故か心踊らされるネーミングだ。

 男性としての性なのかもしれない。


「もう充分か?」

「ま、まぁ。甘えにゃんモードね……」


 思い出されるのは不意に手が伸びてしまって桜花の頭を撫でた時の彼女の表情だ。

 あれがカルマのいう甘えにゃんモードに近いものにあたるのではないか、と一旦考えてしまうとそうであるような気がして少し気持ちが浮ついた。


「さぁ、教えてくれ。惚れてるのか?」

「正直に言うぞ……。僕はまだ分からない」

「何だそれ」

「僕は桜花の事を好ましく思っているし一緒に暮らしていて楽しいとも思ってる。でも、どうしてもその先に出ることが出来ない。だからそうだな……強いて言うなら「気になってる」って所が一番妥当な表現じゃないだろうか」

「一緒に暮らしてる、とか付き合ってない二人としてはありえない文言が出てきたのは取り敢えず置いておくとして……。やっぱり気付かないのな」


 カルマは意味ありげに翔を見る。

 自分の心内を正直に他人に吐露した今の翔は羞恥心に襲われて仕方がなかったのだが、揶揄うでもなく、じっと見つめてくるカルマにどうしたのだろうか、と遅れながらも思考が回り始めた。


 カルマは先程の翔の言葉がお勉強双六の際に言っていた誰かの文言と全く同じものだったと言いたかったのだが、翔は首を捻ってばかりで、全く気づいた様子がなかった。


「何に気づくんだよ」

「いや、なんでも」

「それ多いぞ」

「彼女はいいぞ、ってな」

「自慢かよ」


 翔と違い、巧みに話題を変えていくカルマは流石、クラスの中でも中心にいる人物だと言えた。

 ただ彼女自慢なのがイラッとくるが。


「好きにはならないんだろ?」

「好ましくは思ってるぞ」

「好きにならないと分からないだろうなぁ」


 国語が苦手なカルマも「好ましく思う」のと「好きになる」の意味が大きく外れて違っていることぐらいは分かる。


 翔はわざと苛立たせるように言ってくるカルマに、


「相手がどう思ってるか分からないとな……」


 と愚痴を零した。

 カルマは拍子抜けだと言わんばかりに目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「このヘタレめ」

「カルマが男過ぎるだけだ」

「ま、俺は男だし」

「『は』って何だよ!僕も男だよ!」

「ヘタレ男子。またの名を草食系男子」

「言っちゃったよ!全世界の草食系男子に謝れ」


 会話は目的のものを大きく逸れ、どうでもいいものに成り代わっていた。


「ま、ゆっくり愛を育むならそれもありだな。見ていて楽しい」

「誰のことを言ってるんだよ」

「さぁなぁ〜」


 飄々とそんな事を言ってのけるカルマはふと、何かを見つけたのか一点を凝視していた。


「どうした?」

「スーツケース?」


 カルマが目を付けたのは旅行の準備のためにクローゼットの中から出しておいたスーツケースだった。


「疑問に疑問で返すなよ……。ま、見ての通りスーツケースだ」

「どこか旅行にでも行くのか?」

「ま、まぁな」


 二人旅行とは言えなかった。

 もう行くと決まっており、翔も桜花も行く気満々なので、今更やめることはないが、先程まで言い寄られていた翔の心理は「二人きりの旅行は果たしていいのだろうか」と疑問を持つ程にまで揺れ動いていた。


「ん?でも親は……」


 今も旅行中では?という言葉が続けられるはずだったのだろうが、翔は覆い被さるように矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「帰ってきて速攻でまた行く。旅行好きなんだよ」

「そうなのか。今も本当は旅行中だったんじゃないのか?だとしたら悪いな」

「いや、今のは新婚じゃないけど新婚旅行だから」

「はぁ……」


 カルマは分かったような分からないような顔をしていた。

 翔でさえ、今の説明ではさっぱり分からないだろう。しかし、そう説明する他ない。


「旅行で羽目外すなよ?」

「そこまではっちゃけた人間じゃない」

「危険だからちゃんと持っていけよ?」

「ば、ばかやろ」


 カルマの言っている意味を理解したところで羞恥心に耐え切れなくなり、翔はその辺に転がっていたクッションを持ち、カルマに投げつけた。


「そんなに照れるなって!」

「うるさい。それを言うならカルマだって、今度お泊まりするんだろ?」

「俺はまぁ適度にやるさ」

「うわ、宣言したし」

「そういう意味じゃねぇ」


 しばらくじゃれあって遊んでいた。

 一息つく頃には太陽も随分沈みかけで帰宅するには丁度いい時間となっていた。

 長々と話した記憶は無いので勉強双六が体感時間よりも多くの時間を費やしていたのだろう。


「また来るから、進展しとけ」

「またね、ばいばい」


 カルマは蛍を送ってから帰るらしい。紳士を見せたいようだが、翔との会話では最後には下の話だったのでどうしてもそちらと結びついてしまう翔だった。


「帰られましたね」

「疲れた……」

「お風呂は時間予約していたので溜まっていますよ?」

「なら、先どうぞ。今日は何か頼もう」


 友達、とはまた違う感覚が桜花との距離では感じられる。それはカルマと蛍のような熱い距離感ではなく、許し合って多くを語ることはないが互いに信頼している距離感。


 お先に、と微笑む桜花を見て、翔は暫くこのままでもいいのではないだろうか、と真剣に悩むのであった。

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