第55話「五つの質問」


「第1問!家に大人が居ないのはどうして?」

「二人きりで旅行に行かれています」


 かねてからの疑問だったようで、なるほど、としみじみと呟いた。「大人」と少しぼやかして質問をしたのはこの問いは本来、翔に問われるべき問いだからであろう。桜花に「両親」と言っても上手く伝わらない可能性がある。


「第2問!翔くんとの関係は?」

「えっ?!ちょっ」


 慌てた声を上げたのは翔だった。

 それもそのはず、桜花との関係をここで包み隠さずに話せば、先程まで騙し通せていた幼馴染まで露見してしまう。


 翔がその先を続けようとしたところで、カルマから静止の視線が飛んできた。

 にやにやと悪戯っ子のように笑っているカルマがどこか悪魔めいていた。


「縁があって住まわせていただいてます。両親がお互いに仲が良いらしく……」

「ふぅん」


 完璧ではなかったが、まずまずの逃げの回答だった。翔は安堵しながら次の質問に身構える。いつしか桜花への質問のはずなのに、翔が己の事のように神経を尖らせるようになっていた。


「第3問!翔くんをどう思っているの?」

「……また随分突っ込むなぁ」


 流石にここまでは想定外だったらしくカルマも嘆息する。

 桜花は少し悩んだ様子を見せたあと、きっぱりと、


「翔くんは良い人ですよ。優しいですし頼り甲斐があります」

「それは褒めてるのか?」

「あら、褒めているようには聞こえませんでしたか?」


 どうにも上辺だけな気がしてならなかった。もっと言えば、関わりのない人を学校の行事か何かで紹介しなければならなくなった時の紹介の仕方のような……。


「よかったな、翔」

「うるさい」


 翔の考えていることを察したかのように茶々を入れてくる。

 何事にも変え難い謎の焦燥感にも似た何かに襲われる。


「次の質問は?」


 何とか抑えながら、翔は次を急かした。


「第4問!どうしたらそんなにお肌すべすべになるの?」

「完全なる興味じゃん……」

「いいでしょ!私だって気になるもん」


 ぷくーぅ、とふぐのように頬を膨らませる蛍にカルマが仕方ないな、と言った感じで微笑む。


「特別なことは何もしていないのですが……」


 何か教えられるものは無いだろうかと桜花なりに必死に探していたようだが、どうやらなかったらしい。


「私、気になります!」

「男が気にしてどうする」

「言ってみたかっただけ」


 場の不穏になりそうな雰囲気を察したのかカルマがボケる。気になったところでカルマは知らなくていい事だし、教えてくれる古典部の皆さんはここにはいない。


「二人きりの時にでも教えて貰ったらいいよ」

「本当?!」


 翔がそう言うと桜花が「ちょっと……翔くん」と少し怒った様子で囁いた。耳元に吐息がかかりむず痒かった。


「ラスト!好きな人とかいるの?」

「マジか……」

「爆弾だな」


 蛍の爆弾発言に男性陣は軽く引いていた。そこは気になっていてもあえて聞かないのが暗黙の了解、ルールであったはずなのだが、どの世界にもルールブレイカーはいるものなのだな、と感慨深くなる。


「好きな人、ですか」


 桜花がちらりと翔の方を見た、ように翔は感じた。


「気になっている人ならいますよ」

「言っちゃうんだ」

「桜花はそういう性格だから」


 きゃー、と黄色い悲鳴をあげる蛍に恥ずかしそうに頬を掻きそっぽを向く桜花。カルマと翔は顔を見合わせて、軽く頷いた。


「翔くん、そういう性格とはどういうことですか」

「物怖じせずに言いたいことははっきりという性格」

「私だって言えない時は……あります」


 尻すぼみに消え去っていく桜花の言葉に翔は言うべきではなかったと遅まきながらも後悔した。


「やっちゃったやつだな」

「うるさい」


 カルマの茶化しが無駄にイラッとくる。

 これは一旦、離れてほとぼりが冷めるまでまとうと決める。


「これで全部答えきったな」

「と、なるともう勝敗は決したな」


 そう。

 どう足掻いたとしても一歩の差で桜花が一番に上がってしまう。最後のサイコロのみ出た目の倍の数進める、などという反則級のルールは設けていなかったので、どうしても覆ることは無い。


「翔、部屋見せてくれ」

「お、おう」


 アイコンタクトで打ち合わせをしたとはいえぐいぐいと押し気味でくるカルマに若干置いていかれそうになる。


「桜花ちゃん」

「……蛍さんも私の部屋に来ますか?」

「やった!」


 きらきらした目で見つめられて仕方ない、とばかりにお情けの言葉を発した桜花は蛍に飛びつかれて困ったように笑った。

 蛍が翔達の考えを読み取っているとは思えなかったが、結果的に貢献してくれている形になっていた。


「その時に秘密も教えてもらうからね!」

「もう気が済むまでどうぞ……」


 諦めたのか、ため息混じりに零す桜花。疲労が滲み溢れている声色が翔の心にちくりと痛みを走らせた。


 それが全く関係のない事だとしても。


 カルマが心配するな、とばかりに翔の肩を叩いた。


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