第51話「色々と大変です」


 慌ただしく家事を済ませようと翔は洗濯機の近くに置いてあった洗濯済みの服が入ったカゴをベランダまで運んだ。


 その間に桜花はキッチンに立っていて髪をまとめて、エプロンを身につけているところだった。


 美少女がエプロンをつけているところに何とも言えない感情を感じていると、視線を感じたのか桜花と目線が合いそうになった。


 直視し続けるのはあまり良くないので、翔は邪念を打ち払うが如く、首を横に振り、洗濯物に手をかける。


 ハンガー、洗濯バサミに手際よく掛けていったり挟ませていったりしていく。


「シャツはこれで当分必要ないな」


 何しろゴールデンウィークなのだ。学校に行かなくてもいいので、制服を洗うのは今日まででいいだろう。


 最も、休みが明けてしまうとまた洗わなければならないのだが、その時は梓にでも丸投げしよう。


 シワになってはいけないので、勢いよく振り切り、シワを伸ばす。多少乾いてしまえばアイロンをかけるので、翔の自己満足のようなものであった。


 ここで再び桜花の様子を盗み見た。


 しかし今度は悪戯がバレないかどうか確認するためのようなものだった。


「気づいた様子は、なし、と」


 安堵の溜息を零す。

 洗濯物を乾すのは家事としては当たり前のことだ。それが出来なければ外に出る時にしっかりとした服を見繕うことが出来ないから。


 しかし、思春期男子真っ只中の翔には少々精神的に辛い洗濯物があった。


「これ……どうすればいいんだよ」


 言うなれば、下着だった。それも特定すると桜花のものだ。


 今までは梓のものも混ざっていたので、全部が梓のものだろうと勝手に解釈をし、干していた。家族に、しかも母親にそういう性的な欲求は一切湧いてこない。


 しかし、梓は旅行に出かけている。洗濯物として梓の下着が出てくるわけが無いのだ。


 つまり。


 消去法ですらこの下着は桜花のものであると証明しており、翔は無意識下ですらそれをいち早く察し、意図して下着を乾すのを後回しにしていた。


 カゴの中が翔と桜花の下着しかなくなった時、翔は初めて桜花がここに来た時のことを思い出した。


(あの時着てた下着はこれだったな)


 思い返すことが気色が悪いことこの上ないが、鮮明に脳裏に焼き付いている翔は直ぐにそれがあの時のものであるとわかった。


 そして、あの時見た、天使のようなキメ細やかな白い肌をも思い出した。


「翔くん」


 急に呼ばれ、心臓が飛び出してしまうかと錯覚したが、何とか平静を保って用件を訊ねた。


「卵焼きは砂糖入れますか?入れませんか?」

「入れない方で」


 迷うことなく即決すると桜花は「分かりました」と砂糖をしまった。

 危ねぇえ!と叫びたくなるのを必死に堪えて翔は無我夢中で洗濯バサミを開いた。


 桜花は今、ただ純粋に料理を作っている。そんな桜花を他所に、邪な感情を思い浮かべるとは一体どういう了見か。


 翔の理性が強く、翔を戒め、何とか正気に戻った。


 一人で葛藤していたからか、どっと疲れた。


 翔は早々にベランダからリビングへと戻った。


「何か手伝おうか?」

「構いません。私の当番ですので」

「そうか」


 一応で訊ねたが案の定、桜花はいらない、と否定した。充分桜花は一人でも絶品料理が作れるので翔が手伝おうが手伝わなかろうが、結局は同じ結果になっただろうことは想像に難くない。


「あまり凝ったものは作れませんからね」

「それ、毎回言ってるけど僕より断然凝ったものばかりなんだよな」

「栄養バランスを考えるとこうなるのです」


 桜花の料理は美味しい上に栄養バランスまで考えられているらしい。

 翔は全く考えていなかったので少し反省した。


「分担ですし、終わったのなら先にどうぞ?」

「じゃあちょっとゆっくりさせてもらうな」

「ごゆっくり」


 そう言って、翔は風呂を沸かし始めた。

 家事分担している二人が決めた「先に終わった方が風呂優先権を得る」というものだ。


 いつも桜花が料理当番の時は翔が苛まれて後になってしまうのだが、今日は思ったより早かったようで一番風呂を頂けるようだ。


 翔が料理当番の時は異常な程、桜花の洗濯物を乾すのが遅いのかいつも翔が先だが。


(まさか……な。ありえないわ)


 一瞬脳裏に過ぎったことを即座に否定する。

 理由が翔と同じなんて確実に万に一つもありえないことだろう。


「どうして翔くんはあんなに早いのでしょうか……」


 桜花の呟きは水の音に掻き消されて翔の耳には届かない。

 元々小さく、翔が風呂を沸かさなくとも聞こえなかった可能性の方が高かったが。


 しばらく待っていると、湯が溜まり、いつでも入れる状況になった。

 そろそろシャワーのみでもいい気温ではあったが、まだしっかり浸からないと湯冷めが深刻で風邪を引きそうだな、とも思っている。


「先に入るぞ〜」

「どうぞ」


 いつものパターンが乱れているため何か間違ったことをしているのでは、という不安に駆られて、保険をかけた翔。


 桜花が認証してくれたので、翔は迷うことなく一風呂浴びることにした。


「私はまだどうしたらいいか分からないのに……」


 桜花の悲痛な叫びは翔には届かず、虚空を飛んでいった。

 どうしたら、とは対処のことであろう。


 もし、そうだとするならば。


 どうやら、二人とも洗濯物を乾すのは苦手なようだった。

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